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CFRブリーフィング
アジアにおけるパワー・バランスと
多国間同盟関係の形成を

Carin Zissis Staff Writer

Crafting a U.S. Policy on Asia

Carin Zissis (Staff Writer, www.cfr.org)

2007年4月号掲載論文

アメリカが対テロ戦争に気を奪われるなか、中国は経済発展による経済的影響力だけでなく、上海協力機構(SCO)などを通じた政治的影響力も拡大させている。しかも、6者協議に北朝鮮を連れ戻して、合意に持ち込んだことで、中国の政治・経済的台頭はいまや現実の東アジア秩序に影響を与えつつある。ワシントンでは、日米関係の強化を軸にアジアの民主国家連合構想が浮上しているが、アジアで孤立している日本と手を組むことが賢明なのか、疑問を表明する専門家もいる。しかも、日本が重視する拉致問題への路線をめぐって、日米間にさざ波が立ち始めている部分もある。日米中の勢力均衡を模索しつつ、多国間同盟関係の構築を唱える専門家も出てきている。それがいかなるものであれ、「今後の東アジアでの枠組みは、豊かながらも、おそらくは非民主的な中国という現実に直面していかなければならない」とみる専門家は多い。

  • アジア戦略の基盤に日本を据えてよいのか
  • インドと中国
  • 6者協議の余波
  • 中央アジアと東南アジアでの中国の影響力拡大
  • アメリカのアジアでの影響力を再確立するには



<アジア戦略の基盤に日本を据えてよいのか>

リチャード・アーミテージ元国務副長官とハーバード大学のジョセフ・ナイが2000年にまとめたいわゆるアーミテージ・リポートは、日本をアメリカのアジア関与(エンゲージメント)政策の重要な基盤(キーストーン)と位置づけ、漂流していた日米関係の強化を求めた。ブッシュ政権は、現実に同リポートを踏まえた政策をとり、外交積極路線を唱えた小泉政権との絆を強化することに成功した。

2007年2月に発表された第2次アーミテージ・リポートは、アメリカが他の地域に関心を奪われるなか、中国が台頭し、アメリカのアジアでの影響力が低下していると警告している。同リポートは、「日米がアジア太平洋地域での安全と安定を規定することになる」と日米同盟の重要性を強調しつつも、一方で、中国が大きな影響力を発揮しつつあることに注目している。(www.csis.org/component/option,com_csis_pubs/task,view/id,3729/type,1/)

最近のアーミテージ・リポートが具体例だが、世界で2番目に大きな経済を持つ日本との同盟関係の強化を求める専門家たちは、日本をオーストラリア、インドネシア、フィリピンを含むアジアの民主国家連合の一部と捉えている。

現在、戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部長で、二つのアーミテージ・リポートの研究に参加したマイケル・グリーンは「日本は民主国家としてのクレディビリティー(信頼性・評価)を持っているし、アジアにおける地域統合、地域的民主化という高まる潮流の中枢的役割を担っている」と言う。

2007年3月に日本とオーストラリアが交わした、軍事的協調、対テロ、災害復興支援を中核とする日豪安全保障共同宣言を、アジア太平洋地域における民主国家間の緊密な協調を通じて、中国の外交的影響力の高まりへの対抗バランスを形成しようとする試みとみなすこともできる(もっとも、オーストラリアのジョン・ハワード首相は、日本との安全保障合意を締結した直後、BBCのインタビューで、オーストラリアと中国が「よい関係」にあることを強調し、中国への気配りをみせた)。

一方、日米同盟やアジア地域での民主国家連合構想を重視するのは、すでに中国が地域的に重要な役割を担っているという現実に目を向けていないと批判する専門家もいる。「われわれは日本と手を組んでいるが、アジアの他の地域は中国と手を組んでいる」とダートマス大学のデビッド・カングは言う。ワシントン大学のドナルド・ヘルマンも、「ワシントンはアジア諸国が民主化していくという幻想は捨てたほうがよい」という立場をとっている。むしろ、「アメリカが参加できる、アジアでの成功モデルのための枠組みをいかにして構築するかが大きな課題だ」とみる同氏は、それがいかなるものであれ、「今後の枠組みは、豊かではあっても、おそらくは非民主的な中国という現実に直面していかなければならない」と言う。

<インドと中国>

米印原子力協力に関する2006年7月の演説で、コンドリーザ・ライス国務長官はインドを「急速に変化するアジアにおける安定の要、アメリカの戦略的パートナー」と描写した。米中央情報局(CIA)の統計によれば、インド経済は世界で6番目の規模を持ち、中国に次いで世界で2番目に大きな労働力を擁している。インド経済の成長を前に、ワシントンは中国の台頭への対抗バランスとして、インドのパワーにも期待している。

とはいえ、インドがアジアで重要なプレイヤーになっているのは事実だとしても、ワシントンは地域的なパワー・バランスの実態を理解することなく、インドに過大な期待を寄せているとみる専門家も多い。カングは次のように警告する。「多くの人は、インドが中国への対抗バランスの担い手になるだろうという希望的観測を前提にしてしまっている。だが、少なくとも東アジアではインドが大きな役割を果たすとは考えにくいし、中国の対抗バランスの形成を担えるようなプレゼンスは持っていない」。

しかも、中印の領土紛争が決着し、両国の経済的絆が深まっている以上、地域的な民主国家連合という構想のなかにインドを位置づけるのは間違っているという見方をする専門家も多い。例えば、ミシガン大学のケネス・リーバーサルは、「インドが特定の外国の利益のために行動すると考えるのは間違っている」と指摘している。

肝心の対中政策はどうだろうか。ドナルド・ラムズフェルド国防長官は、第1次ブッシュ政権が誕生して間もなく、中国封じ込め政策の立案に取りかかっていることを示唆したものの、テロの脅威の出現を前に路線を大きく見直した。事実、9・11以降のアメリカの対中戦略は大きく様変わりした。ブルッキングス研究所のリチャード・ブッシュによれば、9・11以降のワシントンでは「大きな外交課題に対処するために中国を大国間の協調の枠組みに組み込めるのではないか」という考えも出てくるようになった。

こうして2005年9月には、ロバート・ゼーリック国務副長官(当時)が、中国のグローバルな影響力が高まっていることを踏まえて、北京が国際システムにおける「責任ある利害共有者」になることを呼びかけるとともに、人権、軍事問題などへの対応をめぐって、北朝鮮、スーダン、ビルマ(ミャンマー)などのならず者国家に対する影響力を行使するように働きかけた。

最近のワシントンにおける対中政策のトレンドは、全般的に中道路線へとシフトしているようだ。

1990年代初頭以降のアメリカの東アジア政策を分析したトマス・クリステンセン国務副次官補は、中国の台頭をどう捉えるかをめぐって、ワシントンには二つの見方がある、と指摘している。北京との経済、外交的な交流の強化を求める穏健路線が存在する一方で、中国をアメリカのアジアにおける立場を脅かす脅威と捉え、近代化されつつある大規模な中国軍に対抗するための対中封じ込め論も存在する。クリステンセンは、むしろ「中国の脅威を封じ込めるために、対中関与・交流路線をとること」を求めており、そうした関与・取り込み路線を通じて、中国の権威主義的体質も弱めていけるという見方を示している。

一方、アメリカン・エンタープライズ研究所のダン・ブルーメンサールは、「中国が政治的に自由化されていない以上、中国を国際的制度に統合していく政策は効果的ではない」と言う。グリーンも、「民主化よりも富と発展ばかりを重視する路線」に伴うリスクを指摘する。口先で協調路線を唱えつつも、実際には北京が何もしないような無様な事態に直面することは避けるべきだと考えるグリーンは、むしろ「日本がより高い民主主義の規範をアジアでかかげていくことを期待したい」と言う。

一方、ヘルマンは、日本を中心とする民主化路線よりも、経済圧力を通じて中国に働きかけるべきだとみる。アメリカが巨大な対中貿易赤字を抱えているとはいえ、日本や韓国を含む東アジア諸国に対しては中国も貿易赤字を抱えており、こうした現実からみれば、アメリカは東アジア経済にとって依然として必要不可欠の存在であり、「貿易パターンに目を向ければ、そこに何らかの対中戦略を見いだすことができる」と指摘する。

<6者協議の余波>

ブッシュ政権は当初から、北朝鮮を主要な安全保障上の脅威とみなし、強硬路線をとり、北朝鮮との2国間交渉を拒絶してきたが、その結果、「政権発足当初は管理できる状態にあった北朝鮮問題を、制御できない危機へと変貌させてしまった」とリーバーサルは指摘する。

平壌が2006年に核実験を行った後、中国は北朝鮮に交渉テーブルに復帰するように働きかけ、これによって、2007年2月の6者協議での合意が成立した。6者協議での合意を成立させたことで、中国の影響力は間違いなく強化された。

一方、リチャード・ブッシュは、6者協議によって、歴史認識をめぐってとかく日本と対立してきた中国や韓国が、日本と同じ交渉テーブルについたことを評価しつつも、拉致問題をめぐってアメリカが日本をしっかり支えなかったために、いまや日米同盟に亀裂が生じていると言う。「われわれが形づくろうとしている北朝鮮をめぐる合意ゆえに、日本がアメリカに不信感を抱きつつある部分がある」と。

<中央アジアと東南アジアでの中国の影響力拡大>

中国は、エネルギー資源豊かな中央アジア地域でのプレゼンスも強めつつある。2001年、中国と他の上海ファイブのメンバーであるロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンは、そもそもは1996年に中国とロシア間の国境問題を解決するために立ち上げられたこの地域機構を、広く信頼醸成を培うフォーラムへと発展させ、ウズベキスタンを新メンバーに迎えて上海協力機構(SCO)とした。

中央アジアにおける米軍基地の存在を、この地域における中ロの利益を封じ込めようとするアメリカの戦略の一環とみていた中国とロシアは、中央アジアにおけるアメリカの影響力に対抗しようと、このフォーラムの結束をさらに強化しようと試みた。

2005年にSCOは、アメリカはウズベキスタンとキルギスの基地から撤退すべきだという声明を発表し、これがきっかけとなって、2005年末までに米軍はウズベキスタンから撤退した。SCOは北大西洋条約機構(NATO)のような集団安全保障機構ではなく、その力には限界があるが、インド、パキスタン、イラン、モンゴルが2004年以降、オブザーバーとして参加するようになったことで、その重要性は高まりつつある。

中国の影響力の増大は東南アジアにも大きなインパクトを与えている。

ミャンマー、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムなどの東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国と中国の関係はこれまで限られていた。だが2001年に中国とASEANは自由貿易構想を発表した。これが実現すれば、20億の人口を束ねる、2兆ドル規模の経済圏、つまり、欧州連合(EU)と北米自由貿易地域に次ぐ、世界第3の規模の経済圏が出現することになる。中国とASEANは2010年までに自由貿易地域を実現する予定で、すでにこの目的に向けて2005年に7千品目の関税引き下げに合意している。

シンガポールの東南アジア研究所のリポートは、中国がASEANとの貿易合意を模索しているのは、「世界におけるアメリカの単独行動主義を牽制するために、秩序の多極化と多国間主義を強化することにある」と指摘している。2005年の中国とASEAN間の貿易取引は、1990年のそれに比べて16倍に達しており、2004~2005年だけでも23%増えている。ヘルマンは、すでに東南アジアは中国経済の一部と化しつつあると言う。

一方アメリカは、対テロ戦略の一環として、タイ、フィリピンの軍部と共同演習を行い、コブラ・ゴールドと呼ばれる軍事協調を目的とする年次演習も行っている。2006年にタイで実施されたコブラ・ゴールドには、インドネシア、シンガポール、日本も参加した。ヘリテージ財団のウォルター・ローマンは、2007年3月に発表したリポートで、対テロ戦争を遂行するうえで、東南アジアとの絆を強くしていくことが不可欠なだけでなく、東南アジアにおけるアメリカの軍事プレゼンスを維持することが「急速に拡大する中国の軍事力に対する保険策となる」と指摘している。

とはいえ、全般的にみれば、9・11以降のアメリカの対テロ戦略ゆえに、イスラム人口を多く抱えるASEAN諸国でのアメリカの立場は大きく損なわれている。すでに1997年のアジア通貨危機以降、アメリカと東南アジアの関係はぎくしゃくしだしていたと考える専門家もいる。

<アメリカのアジアでの影響力を再確立するには>

この10年間でアメリカのアジア太平洋地域における影響力は大きく低下した。「アメリカは依然として非常に重要な国家とみなされているが、アメリカを軸にアジアの秩序が展開していた時代はすでに終わっている」とカングは言う。

アーミテージ、ナイ、グリーンなどの専門家は、アメリカの利益と地域的な安全保障を強化するために、アジアにおける民主国家連合構想を支持し、中国への関与策をとることを求めている。だがリーバーサルは、アメリカがアジアで民主主義促進策をとろうとしても、現地での反米主義が強ければ、選挙を気にする政治家たちは、ワシントンとは逆の政策をとろうとする、とみる。

アジアでアメリカが影響力を再確立するには、結局のところ、ASEANやアジア太平洋経済協力会議(APEC)のような多国間機構を強化していくしかないとみる専門家もいる。リチャード・ブッシュは「これまでアメリカはとかく対テロ戦争のことばかり考えすぎてきた。今後はアジアでの政治的影響力の強化を目指すべきだ」と言う。「アジア諸国は、中国、日本、アメリカがつくりだすパワー・バランスが形成されたほうがむしろ安心できると考えているし、アメリカがアジアにおける足場を再確立するには、多国間同盟関係を構築していく必要がある」と語る同氏は、「まだゲームは負けと決まったわけではない」と語った。●

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