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CFRブリーフィング
米中印の微妙なバランス

India, China, and the United States: A Delicate Balance

2006年5月号掲載論文

核の平和利用、石油シーレーンの安全確保などをめぐってアメリカとインドが急接近しつつある。一方、中国をこれまで安全保障上の脅威とみなしてきたインドと中国の関係も経済・貿易を軸に改善へと向かいつつある。対中封じ込めのためにアメリカはインドとの緊密な関係を形成しようとしていると考える専門家もいれば、インドには対中封じ込めに加担する気はないし、そもそも、アメリカにも対中封じ込めの意図はないと指摘する専門家もいる。中国とインドの台頭によって急激に動きだした南アジア秩序再編の流れを検証する。

  • 中印関係の争点
  • 米中印関係のバランス



<中印関係の争点>

いまや世界におけるインドの役割は大いに高まっており、アメリカはインドとの関係強化を目指している。その理由を、中国のアジアにおける影響力を牽制するためだと考える専門家も多い。一方、インドの政府高官は、中国との経済関係が現在ブームに沸き返っている以上、インドがアメリカの対中封じ込め戦略の一翼を担うことはあり得ないと発言している。いずれにせよ、ニューデリーとワシントンの高官は、両国の関係はともに多民族の民主主義国家であることの伝統を踏まえた「自然な」パートナーシップに根ざしていると強調している。

―― 現在のインドと中国の関係は。

アジアにおける政治的、経済的影響力を強めているインドと中国は、これまでよりも自国の外交目的の実現をより果敢に模索するようになった。「南アジアにおけるパワーバランスの再編が始まりつつある」とアヌパム・スリバスタバ(ジョージア大学国際貿易・安全保障センター・南アジアプログラムディレクター)は言う。

一方で「ニューデリーは北京にどう対処すべきか、判断しかねている」とみる専門家もいる。スミット・ガングリー(インディアナ大学教授)は「インドは中国のことを主要な戦略的脅威とみなしつつも、一方で、経済関係が深まっていけば、両国の関係はますます密接になるとも考えている」と言う。

潜在的な紛争のリスクはあるとはいえ、経済成長によって中印の関係はこれまでのところ前向きに展開している。「両国とも台頭しつつあり、いまのところ中印ともに、状況をゼロ・サム・ゲームとはとらえていない。ウィン・ウィン・ゲームとみている」とアダム・シーガル(米外交問題評議会シニア・フェロー)は語る。

―― インドと中国の関係を規定する重要な要因は何か。

両国はエネルギー資源、貿易、国境問題、安全保障問題を抱えている。

エネルギー資源 インドと中国は急速に拡大する2大エネルギー消費国だ。インドは石油需要の75%を輸入に依存し、中国も石油需要の33%を輸入に頼っている。中印の石油需要が高まっていることが、現在の原油価格高騰を説明する要因の一つでもある。

両国は世界中で自国向けに石油資源を押さえようと試みている。果敢な調達戦略を展開する中国は、アフリカのスーダン、ナイジェリア、アンゴラに始まり、ミャンマー、チベット、ロシアと資源調達をめぐる契約を交わし、一方インドも、ロシア、カザフスタン、スーダンその他と契約を交わそうと試みている。

2006年1月に中国とインドは、エネルギー協力に関する五つの覚書に調印し、両国がエネルギー資源をめぐって入札を競い合うのではなく、協調体制を敷くことに合意した。スリバスタバによれば、「両国は同じ資源をめぐって入札を競い合えば、結局は双方にとって高い価格を引き出すことにしかならないことを認識し、(共同入札を行って)資源を分配し、協調するほうがはるかに安くつく」という共通の利益に注目したようだ(注)。

インドと中国は代替エネルギー資源の開発にも力を入れており、インドがアメリカと核の平和利用をめぐって交渉しているのもこのためだ。

貿易 スリバスタバの調査によれば、1992年当時はわずか3億3200万ドル規模だった中印貿易は、2005年には136億ドル規模へと大きな拡大をみせ、とくに1999年以降は毎年30%の伸びを示している。

インドは南アジアにおける経済生産の80%を担う、地域経済の拠点国である。中国とインドは、技術部門を中心に経済協力を強化している。「インドがソフトウエアを、中国がハードウエアを手がけることで、両国は新たな市場を形成できると読んでいる」とシーガルは語る。しかしインド側は、サービス部門や高付加価値商品での強みを中印の貿易関係でも発揮していかない限り、いずれ、鉱物資源や低付加価値商品の供給に甘んじることになるという危機感も持っている。

国境問題 中国とインドはヒマラヤの国境地帯での領土問題を抱えており、1962年には武力衝突も起きている。2千マイルに及ぶ国境線をめぐって両国は交渉を続けている。係争地域の一つであるカシミールについて、インド側は「中国はインドの領土を不法に占領している」と主張し、一方中国は、インド北東部にある「アルナチャルプラデシュ州の一部は中国のものだ」と主張している。

安全保障問題 インドが1998年に核実験を行った際、ニューデリーの高官は「中国を抑止するために核兵器が必要だった」と発言し、北京はこれに強く反発した。「両国の軍部は互いに相手を警戒しているが、指導者が軍を諫めている」とシーガルは言う。

インドは、自国のライバル国であるパキスタンと中国の関係にも神経をとがらせている。実際、中国はパキスタンの核開発計画を支援し、同国のグワダル海軍基地の修復にも深く関与している。「中国がパキスタンの核兵器、通常兵器の軍備整備に手を貸しているために、インドは、中国とパキスタンの核の脅威を一つの脅威とみなしている」とガングリーは言う。さらに中国は、インド周辺に位置するミャンマーやバングラデシュとの安全保障関係も強化している。

とはいえ、「直接的な軍事衝突は両国の利益にならない」と指摘するスリバスタバは、「インド、中国はともにこの点を理解し、軍事領域での問題を切り離してとらえ、他の領域での協調に悪影響を及ぼさないように配慮している」とみる。軍事領域の問題についても、インドと中国は、両国海軍の合同演習の実施を検討しており、信頼醸成措置を導入することに前向きのようだ。

<米中印関係のバランス>

―― インドとアメリカの関係の現状は。

ブッシュ大統領は、最近の演説で、インドとアメリカの関係は「これまでになく良い状態にある」と述べ、インド政府が宗教色を排除した世俗政府であること、社会が宗教的多元主義を認めていることを称賛し、インドはアメリカにとって「自然なパートナー」であると語っている。

アメリカとインドはこの数年にわたって、より緊密で協調的な同盟関係の構築に努めてきた。元駐印アメリカ大使のロバート・ブラックウィルは、「公的な米印同盟が誕生するとは思わないが、対テロ、シーレーンの安全確保、安全保障などの領域を中心に両国の2国間協調体制は今後ますます深まっていくと思われる」とコメントしている。

―― 米印関係における中国ファクターとは。

インドは、地域内での自国の立場を高め、中国とパキスタンに対する安全保障上の立場を強化しようとアメリカとの関係強化を模索しているとみる専門家もいる。「インドは北の隣国との関係を長く不安に感じてきたし、ヒマラヤ越しに中国を見つめ、彼らに追いつこうと試みてきた。インドが改革に踏み切るはるか前に経済改革路線を導入した中国では、一人当たりの所得はインドの3倍のレベルにある」とガングリーは指摘する。

さらに、国連安保理常任理事国の地位を持ち、北朝鮮の核開発危機をめぐって外交的仲介者の役割を果たすなど、中国は世界の舞台で大きな役割を果たしつつある。専門家によれば、ニューデリーにはそうした世界的役割をインドも果たしたと考える高官もいる。

―― 米印関係の改善は、米中関係にどのような影響を与えるか。

米中関係は着実に改善してきているが、ワシントンでは中国のことを貿易に始まり、エネルギー、軍事領域にいたるまでのライバルとみなす認識も高まりつつある。
対中封じ込めのためにアメリカはインドとの緊密な関係を形成しようとしており、最近の核エネルギーの利用に関する協調をアメリカがインドに申し出たのもこのためだとみる専門家もいる。

だが、この認識は間違っているとみる専門家もいる。「ニューデリーの戦略立案ルームのメンバーにやる気をなくさせて、部屋を空っぽにしたいのなら、対中封じ込めの一翼をインドが担うという考えを押しつければよい。インドは対中封じ込めが自国の利益になるとはみじんも考えていない」。こう語るブラックウィルは、「インドは中国との良好な関係を可能な限り模索していこうとしており、この観点から対中政策を規定しようとしている。インドであれ、アメリカであれ

中国を封じ込めることには何の関心もない」と指摘する。スリバスタバはブラックウィルの見方に同意しつつも、「少なくとも中国側は米印の関係をいぶかしげに思っている」とコメントした。●

邦訳文は英文からの抜粋・要約
注 インドと中国は2006年1月12日、海外油田の共同開発や定期協議の開催などエネルギー分野で幅広く協力することで合意した。

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