- トップページ
- Issue in this month
- 2012年8月号(2)中国の影響力拡大に揺れるアジアの安全保障
Issue in this month
2012年8月号(2)中国の影響力拡大に揺れるアジアの安全保障
2012-08-01
―― 尖閣と南シナ海、安全保障とTPP
2012.8.1公開
<南シナ海と東シナ海での紛争リスク>
7月25日、ニューヨーク・タイムズ紙は、中国の中央軍事委員会は「南シナ海における中国、ベトナム間で領有権論争のある諸島へ中国軍部隊を配備することを承認した」と伝えた。係争海域への中国軍の派遣によって、7月のASEAN外相会議決裂以降、とみに高まっていた南シナ海における緊張がさらにエスカレートしていくのは避けられない。(注1)
さらに31日には中国国防省は「中国軍はわれわれが管轄する(南シナ海)海域での巡視体制を確立した」と発表し、同じ記者会見で、国防省のスポークスマンは、尖閣諸島について「国家主権と海洋権益を守るために軍としての職責を果たしていく」とコメントしたと報道されている。(注2)
中国側のこうした動きについては、さまざまな憶測が飛び交っている。
先ず、ジョン・ポムフレットを含む多くの専門家が指摘する通り、「指導体制の移行期には、中国の指導者たちはより攻撃的で強硬な国内政策をとり、反体制派を弾圧し、強硬な外交路線をとる傾向がある」
次に、中国の強硬路線へのシフトをより構造的な変化としてとらえる見方もある。例えば、トーマス・クリステンセンが言うように、「軍、国有エネルギー企業、主要輸出企業、地方の党エリートなど、国際社会との協調路線をとれば、自分たちの利益が損なわれる集団が中国の外交政策への影響力を持ち始めていること」も、中国が強硬路線へと舵を切った大きな理由とされる。(注3)
さらに、中国経済が2桁台の成長を維持していくのが難しくなり、必然的に中国社会の不満が高まっていることも、北京の内外での強硬策を助長している要因かもしれない。実際、エコノミストのノリエル・ルービニは、中国経済はハードランディングに近づいていると分析しており、多くの専門家が、共産党が正統性の基盤としてきた「経済成長」が失速すれば、中国社会は大きな混乱に包み込まれる危険があるとみている。
<過去に呪縛される日韓と困惑するアメリカ>
北朝鮮の脅威を別にしても、米韓日の3国間安全保障関係の強化が模索されているのは、一つには中国が対外強硬路線をとっているからだ。
7月初めにカンボジアで開かれたASEAN地域フォーラムでは韓国の金星煥外交通商相は、ヒラリー・クリントン国務長官、玄葉光一郎外相とともに、「北東アジアの平和と安定のために」3国間協議メカニズムを立ち上げることに合意している。
だが、日韓の歴史問題ゆえに、韓国政府は、日韓の安全保障協力体制を強化する手段である軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の調印を先送りし、物品役務相互提供協定(ACSA)の締結の検討も棚上げすると表明した。
ある専門家は、「安全保障課題を共有する民主国家の関係強化に向けた前向きで現実的な試み」が、またしても「政治と歴史の複雑な遺産の犠牲にされてしまった」と状況を嘆いた。(注4)
さらに、日米同盟も安定しているとは言い難い。普天間問題に加えて、オスプレイの普天間への配備と、岩国への一時駐機がいまや大きな問題となっている。
今後の日米同盟に懐疑的な見方をする専門家もいる。「アメリカは日本に国益を有しているし、日本が困難な状況に陥った場合には、手を差し伸べる道義的な責任も負っている。だが、日本の先行きは依然として不透明で、しかも、いまや国防予算削減の時代にある。ワシントンはアジアにおける重要な目標を定義し、それに応じて資源を振り分けていくことを考えるべきだ」 (注5)
<安全保障とTPP>
では、ワシントンは今後のアジア戦略をどう描いているか。エバン・フェイゲンバームは次のように分析している。
「安全保障領域ではアメリカが依然として重要な役割を果たしているが、経済領域ではいまや中国が地域的中枢を担い始めている。アジアの経済と安全保障の間に 生じているこの不均衡が、これまでとは異なる戦略環境を出現させ、これがアメリカとアジア諸国の双方に大きな課題を作り出している」。したがって、ワシントンの課題は、「安全保障の後見役を果たしつつも、アジアにおける経済のゲームの中枢にいかにして身を置くかだ。交渉が続けられている環太平洋パートナーシップ(TPP)のような地域的貿易合意が重視されているのは、まさにこの理由からだ」 (注6)
大枠ではその通りだが、中国経済の失速、決してスムーズとは言えない日米韓同盟関係という新しい変数も登場している。さらに、イラン問題が決着しなければ、アメリカがアジアシフト路線に力を入れるのは難しくなるし、シリア紛争が地域紛争へと姿を変えれば、アメリカは再び中東に引きずり戻され、アジアシフト路線は一時的に棚上げされるかもしれない。
中東はアラブの春だけなく、イラン、シリア問題に揺れ、ヨーロッパでも経済危機が各国でナショナリズムを高揚させ、EUの政治統合が揺るがされつつある。そして、アジアも中国の強大化を前に、ナショナリズム、感情、ライバル意識が錯綜し、秩序が流動化しつつある。
つながっているのは南シナ海の領有権問題と尖閣問題だけではない。中東の安定がアメリカのアジアシフト戦略を、ヨーロッパの経済危機が中国経済を含むグローバル経済を左右し、そして、中国の対外強硬路線は、欧米経済の不調に伴う中国経済の失速に根ざしていると見ることもできる。●
Koki Takeshita@FAJ
(注1) 「南シナ海対立の新構図と紛争の危機――中国の影響力拡大とASEANの内部対立」 ジョシュア・クランジック (2012年8月Subscribers’ Only公開)
(注2) 「中国、尖閣で「軍の職責履行」 国防省が日本けん制」(東京新聞電子版 7/31)
「尖閣「中国軍が職責」国防省表明 背景に習氏意向か」(産経ニュース7/31)
(注3) 「中国の対外強硬路線の国内的起源――高揚する自意識とナショナリズム」トーマス・クリステンセン(2011年4月号)
(注4) 「東アジア安全保障の進化を阻む日韓の歴史問題――日韓関係を考える」ラルフ・A・コッサ (2012年8月Subscribers’ Only公開)
(注5) 「漂流する日本の政治と日米同盟」 エリック・ヘジンボサム、エレイ・ラトナー、リチャード・サミュエルズ(2011年9月号)
(注6) 「アメリカは変化するアジアの戦略環境にどう関わるか――経済と安全保障のバランス」 エヴァン・フェイゲンバーム (2011年12月号)