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2011年12月号 アジア・太平洋の経済と安全保障 ――戦略環境の変化にどう対処するか
2011-11-25
アジア・太平洋の経済と安全保障
――戦略環境の変化にどう対処するか
2011.11 .25公開
<経済利益と安全保障利益の衝突>
沖縄や台湾から撤退すべきか、在日・在韓米軍の規模を削減すべきか、それとも現状を維持していくべきか。いまやアメリカの専門家の間でも東アジアへの軍事コミットメントをめぐるかつてのコンセンサスは失われつつある。米国防予算の削減、中国の軍事的台頭、アジア経済の成長など、何を重視するかで、どのような安全保障路線が好ましいとみなすかが違ってくるからだ。
実際、環境は大きく変化している。これまでアジアの安全保障に大きな役割を果たしてきたアメリカも、いまや財政赤字と債務の削減を大きな政治課題として重視し、国防予算の削減と輸出拡大(自由貿易)で債務を削減し、経済再生につなげたいと考えている。一方で、中国の台頭がすでにアジアの戦略環境を変化させている。サイモン・タイによれば、「中国の経済的役割が(アジアでは)地域的に広く受け入れられている」
中国は「経済的相互依存を基盤に大国としての地位を築き、中国の利益にならないことを他国が経済的悪影響を恐れてできなくなるような環境を作りたい」(ファリード・ザカリア)と考えてきた。「平和的台頭」という言葉の裏には、このような思惑があったかもしれない。
この戦略は明らかに成功した。だが、そこには過信があったようだ。2010年、中国は南シナ海の島嶼郡の領有権をめぐって近隣諸国に強硬路線をとり、尖閣諸島をめぐる対立をめぐって中国は日本へのレアアースの禁輸に踏み切った。東南アジア諸国も日本も中国のこのやり方に強く反発した。
北京にしても、民衆レベルでの大国意識が定着し、ナショナリズムが高まる一方で国内の不安定化が予想されるだけに、ナショナリスト的立場からの政府批判を前にすると、対外強硬策をとらざるを得ないという国内事情もあった。(クリステンセン)。だがその結果、「アジアでは経済利益と安全保障利益が次第に衝突しつつある」(フェイゲンバーム)。
<安全保障とTPP>
「アメリカの経済成長と雇用は次第にアジア経済に左右されつつある。こう考えれば、アジアの安全保障環境の悪化がアメリカの経済利益にマイナスに作用することがわかるはずだ」とフェイゲンバームはアジアへの安全保障コミットメントの維持を擁護し、一方、パレントとマクドナルトは、「在日米軍、在韓米軍の規模を段階的20%削減し、一方で、他の戦力をグアムやハワイに移転しても、現在と同じ戦略機能をより効率的に果たせる」と軍事プレゼンスの削減を求めている。一方、サイモン・タイは、「ワシントンは、アジア太平洋関与戦略の中枢であるTPPのことを、アジアにおいて中国と影響力を競い合うための試金石」とみなし、一方の北京はこれを「中国を除外してアメリカがアジア経済にエンゲージするための枠組み」と警戒していると現実を描写している。
これが、現在のアジアの戦略的現実だ。しかし、日本はこの戦略的現実を認識し、TPPと沖縄の問題を関連づけてとらえているだろうか。国際環境の安定が経済成長の礎であるという発想を持っているだろうか。日本企業が東南アジアに進出していくにつれて、相手国との関係を戦略的に強化していく必要があることを理解しているだろうか。
巨大な債務と財政赤字、高齢社会の社会保障財源の逼迫、円高と産業の空洞化、中国の軍事力・経済力の強大化と北朝鮮の核問題、そして姿を現しつつある米中のアジアにおける戦略対立。これらの問題への対策を含めて、市民の安全を守り繁栄を最大化するための包括的道筋を描くことが必要だ。当然、国益を定義し、戦略をもつ必要がある。
もちろん、戦略とは特定の状況を前に選択をする意思と能力のことで、その基盤とされるのが国益概念だ。ポール・ケネディは次のように述べている。「戦略とは、目の前にある問題への対策ではなく、より総体的で長期的なもので、それを考案するには、自国の強さと弱さに関する厳格な自己分析が必要になる」●
竹下興喜 フォーリン・アフェアーズ・ジャパン
<引用論文>
*2011年12月号掲載*
・「アメリカは変化するアジアの戦略環境にどう関わるか ――経済と安全保障のバランス」/エヴァン・フェイゲンバーム (2011年12月号)
・「外国からの米前方展開軍の撤退を ―― 軍事的後退戦略で米経済の再生を」/ジョセフ・M・パレント、ポール・K・マクドナルド (2011年12月号)
・「せめぎ合う米中とアジア諸国の立場」/サイモン・タイ (2011年12月号)
<特集 衝突する米中の思惑とアジア諸国―どこに経済と安全保障のバランスを定めるか>
・「中国の対外強硬路線の国内的起源 ―― 高揚する自意識とナショナリズム」/トーマス・クリステンセン (2011年4月号)
・「国のパワーの源泉は力強い生産基盤、健全な議会、そしてガバナンスにある」/ポール・ケネディ (2010年2月号)
・「中国の台頭にどう対処する ――世界が直面する地政学的リスクとは」/ファリード・ザカリア (2005年5月号)
<最近の号の関連論文>
・「環太平洋パートナーシップと中国の台頭 ――日本のTPP参加の地政学的意味合い」/バーナード・ゴードン(2011年11月 Subscribers’ Only公開)
・「北朝鮮の不安定化と米中関係 ――「北朝鮮後」に向けた米中事前協議を」/スコット・A・スナイダー(2011年11月号)
・「経済覇権はアメリカから中国へ」/アルビンド・サブラマニアン (2011年10月号)
・「誇張された大国、中国の実像 ―― 持続的成長はあり得ない」/サルバトーレ・バボネス (2011年10月号)
・「漂流する日本の政治と日米同盟」/エリック・ヘジンボサム、エレイ・ラトナー、リチャード・サミュエルズ(2011年9月号)
・「アジアの米軍基地再編と沖縄―― 普天間移設問題に関する米議会の立場」/ジム・ウェッブ (2011年8月号)
・「中国の台頭と米中衝突のリスク ――バランスを維持するには日韓との同盟関係を維持し、 台湾は手放すべきだ」/チャールズ・グレーザー(2011年5月号)