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2010年4月号 人民元切り上げ問題は世界通貨システム見直しの序章か

2010-03-31

人民元切り上げ問題は世界通貨システム見直しの序章か
2010.3.31公開

C・シューマー、L・グラハム米上院議員は、2010年3月16日、中国に対して人民元の切り上げを求める法案を復活させた。2005年にもシューマーとグラハムは、中国が人民元を切り上げなければ、中国製品に報復関税を適用するという内容の法案を出しているが、むしろ、注目すべきは、現在の政治、経済環境が違っていることだ。

オバマ大統領は5年間で輸出を倍増する計画をすでに表明しており、その実現には、中国その他の国との為替調整が不可欠だと言われている。グローバル・インバランスを是正し、財政赤字を少なくするためにも、また失業率が高まるなかでの政治的必要性からみても、何とか輸出を拡大し、雇用を増やし、インバランスの是正に努めたいと考えているようだ。

ガイトナー財務長官も、「柔軟な為替レートへと移行するのが自国の利益に合致すると(中国も)最終的に判断すると考えている」とコメントしている。民間でも、プリンストン大学のエコノミスト、P・クルーグマンが「為替操作をやめるよう圧力を加えることによって中国が取りかねない措置を、われわれは恐れるべきではない」と発言している。

一方、人民元レートをいじった程度では、アメリカの巨大な貿易赤字は減少しないし、中国における政治的反動を誘発する恐れがあると指摘する専門家もいる。とはいえ、アメリカの政治的流れはいまや明らかに対中強硬論にある。

一方、中国はどうだろうか。バブルやインフレ懸念があるために、変動枠の一定の拡大を容認すべきだという声も出てきているが、すでに、温家宝首相は人民元の切り上げ要求に反論し、人民元は「過小評価」されていないとの認識を示している。

かつてカーラ・ヒルズ元米通商代表は次のように指摘している。「急激な人民元の切り上げを行えば、食糧、食品価格が上昇して(中国の)貧困層に打撃を与えるだけでなく、輸出が落ち込むことで都市部の失業問題が深刻化し、融資を焦げつかせて体力のない銀行を追い込んでしまうことになる。・・・やみくもな人民元の切り上げは、中国経済の成長力の鈍化、購買力の低下など、予期せぬ事態を引き起こし、中国国内で政治的反動を生む恐れがある」。

北京大学国家発展研究院のヤン・ヤオも3月号の論文、「北京コンセンスの終わり」で、「国の経済は拡大しているが、多くの人々は貧しくなったと感じ、不満を募らせている」と指摘している。経済成長と引き替えに共産党の絶対支配への同意を勝ち取る中国共産党(CCP)の戦略は、いまや格差を助長させるだけであり、目的からみて逆効果となりつつある、と。中国の今後をみる指標はGDPではなく、ジニ係数だと彼は主張したと考えることもできる。

そこには、両国の複雑な政治経済構図がある。最悪のシナリオは米中が衝突して、貿易戦争が起き、世界経済が保護主義の渦のなかに巻き込まれていくことだ。一方、もっとも可能性が高いのは、アメリカの圧力とは関係なく、自国の経済状況からみて「小幅な変動枠」を容認すると北京が発表し、「問題を先送りする」ことだ。

グローバル・インバランスが問題になるのは今回が初めてではない。1960年代末に、大規模な貿易黒字を抱えていた西ドイツは、その解決策としてマルクを切り上げ、一方の日本は同様に大規模な貿易黒字を前にしても、円を切り上げようとはしなかった。その後、アメリカのニクソン政権は金とドルの交換を停止し、変動相場制への移行を表明する。

今回の人民元をめぐる米中対立を金融危機後の大がかりな通貨システムの見直しの始まりとみなすこともできる。すでに、フレッド・バーグスティンは、2009年10・11月号で、グローバル・インバランス是正のためのドル安容認論を発表している。この流れのなかで米国債はどう評価されていくのだろうか。ニオール・ファーガソンが示唆するように、グローバル経済という複雑系の崩壊が突然、急速に起きてしまうのだろうか。

今回の金融危機が起きた直後に、通貨問題の専門家ジェームズ・グラントは「1971年以後の国際通貨レジームはすでに寿命を迎えつつある」と指摘し、「後継システムは固定相場と金が支える基軸通貨を中心としたシステムになる」と見通している(フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年11月号)。仮に中国が問題の解決を短期的に先送りしても、通貨システム変革の流れは、おそらくとまらないだろう。

(Koki Takeshita)

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