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2010年2月号(2)国家ブランドと戦略を考える

2010-02-05

国家ブランドと戦略を考える
2010.2.5公開

<国家ブランドとソフトパワー>

国家ブランディングとは何か。実際に生産し、販売する製品同様に、国の名前から世界の人々が想起するイメージがその国のブランドであり、「世界の人々が、どのようなイメージを自国に持って欲しいかを戦略的に考案し、それを実施していくプロセスのことを、国家ブランディングだ」と定義できるかもしれない。

国家ブランディングは広報外交と重なりあうが、サイモン・アンホルトが指摘するように、対外アピールと一口に言っても省庁別に行われることが多い。「観光担当の省庁は、いかに自国が美しく、多くの国の人々を魅了しているかを協調するし、投資促進を担当する省庁は、その全く反対、つまり、自国がいかに近代的で、道路や鉄道が整備され、車であふれかえっているかを強調してきた」。(「国家ブランディングとは何か」)これでは何も達成できない。

一方、フルブライト奨学金のように、単独でも国のイメージに大きく貢献できる力強いプログラムもある。バラク・オバマ風に言えば、国家ブランディングを「他の国の人々の意見に耳を傾け、相手との利益を最大化するための戦略」と定義することもできるだろう。

その結果、確立される国家ブランドは、ハーバードの政治学者ジョセフ・ナイが言うソフトパワー(他を魅了する力)と非常に似ている。古くは、冷戦期のアメリカの戦略家、ジョージ・ケナンが指摘した「他に模範を示す力」も国家ブランドの一つと見なせるだろう。

ケナンは有名なX論文で、ソビエトに対抗する路線を採っていくことで、アメリカがソビエトと似た存在になり、「他に模範を示す力」を失っていくことを懸念した(ベトナム戦争、そして最近ではイラク戦争でケナンの懸念は的中し、この二つの戦争によってアメリカのソフトパワー、国家ブランドは大きく傷ついた)。

<国家ブランド指標と国力>

2008年の国家ブランド指標をみると、一位のドイツにフランス、イギリス、カナダが続き、日本は2007年の9位から上昇して5位にランクしている。輸出ブランド力では日本がトップだ。http://en.wikipedia.org/wiki/Nation_branding

一方、国のパワー、いわゆる国力が何で構成されると捉えるかは時代とともに変化していく。一般的には国力は軍事力、経済力、そしてソフトパワーで構成され、これらは相互に密接に関連していると考えられている。例えば、世界で紛争が起きるとドル価値が上昇するのは、アメリカの軍事力と経済力が一体化して捉えられている部分があるからだ。

軍事的攻撃能力は持っていないし、経済も基本的に衰退基調で、停滞から立ち直れずにいるにも関わらず、日本がブランド国家指標で5位にランクインしていることの意味合いをもっと真剣に考えるべきだろう。

これは、かろうじて2位の経済大国かもしれないが、日本の経済的ポテンシャルはまだ外国では高く評価されていることを意味する。だが、重要なポイントがある。それは、日本がブランド国家指標の「文化・遺産」で8位、「ツーリズム」で8位、「人柄」で8位、「移住・投資」対象で10位にそれぞれランクされているものの、「統治=ガバナンス」ジャンルの世界の上位15位のリストに日本の名前が見あたらないことだ。ちなみに統治の定義は「政府の能力、公正さのレベルに関する世論での評価」とある。

<戦略を持つには>

世界的な大ベストセラーとなった「大国の興亡」の著者で歴史家のポール・ケネディは、国のパワーを支える上で重要なのは、「製造技術と生産基盤、健全な金融とその健全さを保証する制度(ガバナンス)という3つの要因、そして戦略的に計算され、優先順位を踏まえたエンゲージメント」だと指摘している。

別の言い方をすれば、国を豊かにするには、製造業基盤、健全な財政、規律ある政治、そして戦略を持つ必要がある、ということになる。

ケネディは、戦略とは「目に前にある問題への対応ではなく、より総体的で長期的なもので、戦略を考案するには自分の強さと弱さに関する厳格な分析が必要になる」と述べている。前提視している部分があるとはいえ、彼が、国力を支える要因に軍事力を入れていないことにも注目すべきだろう。(「国のパワーの源泉は力強い生産基盤、健全な議会、そしてガバナンスにある」P・ケネディ)

「日本の強さと弱さ」は何だろうか。国家ブランド指標、国力の定義に照らし合わせると、弱点は政治領域に存在し、戦略を持っていないことにある、とみなせる。一方、強さがその経済力、輸出ブランド力に宿っていることは歴然としている。経済力について、日本人は自国の強さを過小評価しているのかもしれない。

だが「金融危機後の現状」も考えなければならない。金融危機後の貿易秩序、経済秩序を考えていく上でのキーワードは「グローバル・インバランス」、そして、地政学秩序を左右するキーワードはイラン、アフパック(アフガンパキスタン)だ。(「ブレジンスキーが読み解く3つの地政学アジェンダと今後の大国間関係」、「アフガンの現状と未来」リチャード・ホルブルック、「中央・南アジアにおける中国の地政学的思惑」エバン・フェイゲンバーム)

そして、フィリップ・ゼリコーが(「金融危機後に出現する世界の姿は」)で指摘する通り、「危機に関する本当に重要な決定は、危機が発生した直後ではなく、危機に突入してかなり時間が経過してから下される」ことで、そのタイミングがおそらくはいまだと考えられることだ。

オバマ政権が重視する財政規律の再建と金融規制案はグローバル・インバランス対策の一環だが、これが、「危機に突入してかなり時間が経過してから下さる重要な決定」である可能性もあるし、このシナリオ通りに進めば、危機の際にはドル以上に金が高騰するような、現在とはまったく異なる経済・金融秩序の時代がやってくるのかもしれない。(「ドルとアメリカの赤字」、フレッド・バーグステン、2009年11月号(前編)、12月号(後編))

「非常に有能な財界人が日本の首相になる可能性はないか」と外国の友人に聞かれことがある。その友人には、日本のブランドとパワーの源泉がはっきりと見えていたのかもしれない。一方、「市民が幸せなら、日本はイタリアのような国を目指してもいいのでないか」というコメントもかつて聞いたことがある。時は、日本の失われた10年の時代、発言の主は過去5世紀の国家の興亡、戦略を専門とするポール・ケネディだ。イタリアは日本同様に政治面に弱点があるが、ツーリズムでトップ、文化・遺産で2位につけ、国家ブランドの総合指標では日本に次ぐ6位につけている。長所と短所を精査したら、次に何を目指すのか。日本は大きな岐路に立たされている。

(Koki Takeshita)

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