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2009年5月号 アメリカが日独への期待を高める理由  ―市場経済とアメリカのレゾン・デートル

2009-05-10

立ち上がれない同盟国

日本は過去の歴史をめぐって「謝罪」し続けるのはやめたほうがいい。日本に限った現象ではないとはいえ、「過去の行動をめぐって政府が謝罪しても、それを否定するような発言が国内から噴出するのでは謝罪したことにならない」。むしろ、過去の行動の「過ちを認める」一方で、未来志向のビジョンを表明し、戦後における自国の成果にもっと誇りを持つ路線をとるべきではないか。

近隣諸国との和解を進めていく上で「謝罪路線をとることの危うさ」をこう指摘するダートマス大学の歴史家、ジェニファー・リンドの論点は他にもあるようだ。

リンドは、過去の歴史と折り合いをつけ、日本が近隣国との和解を果たすことが「自国だけでなく、世界が利益を得られるようなリーダーシップを日本が発揮できるようになるための前提」とみなしている。(「日本の歴史認識と東アジアの和解を考える」)

ともに歴史問題を抱えてきた日独が戦後に歩んできた道のりは大きく違う。

ヨーロッパでは、戦後の早い段階でドイツはフランスとの和解を達成している。いまやドイツは北大西洋条約機構(NATO)や国連の活動に大規模な部隊を派遣し、欧米の対ロシア路線を含めて、ヨーロッパを主導する国家へと変貌しつつある。(注1)

一方、東アジアでは、20世紀前半の対外侵略をめぐる日本の歴史認識問題が定期的に外交問題化し、地域諸国間の関係を紛糾させるという悪循環が続いている。

構図は比較的はっきりしている。日本政府が過去の行動をめぐる謝罪を表明すると、それを否定するような保守派の発言が出てくる。中国政府は不安定な政治基盤をときに反日ナショナリズムで支えようとするし、日韓は、歴史問題だけでなく、政治的にいかようにも発火させられる領土問題を抱えている。こうして、日本の歴史認識問題は、日本を含む各国において政治化され、東アジア諸国間の外交関係の安定化は実現できていない。

しかし、日本が過去の行動の「過ちを認める」一方で、未来志向のビジョンを表明する路線をとれば、韓国との関係を修復できるだろうし、中国が歴史問題を棚上げにする可能性もあるとリンドは結んでいる。

アメリカの期待と不安

だが厄介なことに、そうした東アジアの和解が進展する前に、北朝鮮の権力継承問題が地域秩序を大きく揺るがす恐れがある。(注2)

核開発、核実験、ミサイル実験を強行する北朝鮮にいかに対処していくかを考える場合と、北朝鮮が体制の危機に直面した場合の朝鮮半島にどう関わっていくかを考える場合の戦略的計算は各国ごとに大きく違ってくる。

とくに後者のケースでは、アメリカが、自国と価値と制度を共有する同盟国(韓国と日本)が地域的により大きな役割を果たすようになることを期待するとしても不思議ではない。実際、中国の政治改革、政治的民主体制への移行、市場経済体制への完全な移行が、「北朝鮮の流動化と体制変革」が起きる前に実現することはおそらくあり得ない。そうだとすれば、米中の政治制度の違いが導火線になって、「親米的な朝鮮半島なのか、あるいは親中的な朝鮮半島なのか」という前世紀的な対立点が浮上してくるかもしれない。

そうでなくても、価値と制度を共有する同盟国への期待をアメリカが今後ますます高めていくと考える理由はいくつかある。

一つはアメリカのパワーが相対的に衰退していると考えられていること(注3)、もう一つは、金融・経済危機と国の経済への介入の増大によって、世界的に市場経済という概念そのものへの信任が揺らぎ始めていることだ(注4)。

事実、権威主義的な政治体制を維持しつつも、見事な経済成長を遂げた中国が、新興市場国の一部では新たな経済開発モデルとみされている。

それだけに戦後改革を経て、いまや市場経済と民主主義というシステムを共有する強力な同盟国である日本とドイツへの期待をアメリカが高めているとしても不思議はないし、リンドによる日本の歴史認識に関する論文がこのタイミングでフォーリン・アフェアーズに掲載されたことの意味合いも、ここにあるかもしれない。

だが一方で、日独が、長く「自らの選択よりも対外的な制約のなかで政策を形づくってきたこと」の弊害(注5)、つまり、自国の価値と利益にとってどのような対外行動が利益になるかという主体的判断を回避してきた習慣が、アメリカとの関係において問題をつくりだす可能性は十分ある。とくに日本の場合、歴史問題で身動きが取りにくいことに加えて、この受け身の外交文化が、日米双方での期待と現実の間のギャップを作り出すことになるかもしれない。

中国というシステム

ワシントンの中国への見方も期待と失望のなかで揺れ動いている。

中国の場合、日独に比べてアメリカとの価値や制度の共有度は明らかに低いが、地球温暖化、核不拡散、金融・経済危機、ドル危機その他のグローバルな課題へのグローバルな対応の鍵を握る大きなパワーを持っている。

C・フレッド・バーグテンがフォーリン・アフェアーズ誌で米中G2構想を表明したのは2008年夏(注6)。その後、ヘンリー・ポールソン財務長官(当時)が対中交渉の中核として米中戦略経済対話の継続を求める論文を発表し(注7)、2009年2月にはクリントン国務長官が中国を訪問し、「世界のどこを見渡しても、米中ほど協調に向けた大きな機会に恵まれている二国間関係はない」と表明した。

オバマ政権の新しい中国路線は「より多くの問題についてより多くの協調をもっと頻繁に行うこと」とされている。両国は戦略経済対話を2009年夏までに実施することに合意し、オバマ大統領が年内に中国を訪問することも決定している。米中協調に向けた大きな流れはすでにできている。

だが、米中では、「利益認識や価値観の違い、政策遂行能力の違いが大きすぎるために、うまくパートナーシップを形成するのは難しい」とE・エコノミーとA・シーガルは指摘する。(「米中G2構想という幻想」)

「中国との協調という言葉は心地よい響きをもつが、実際にはそれが一筋縄ではいかないことを認めなければならない」と指摘する二人は、次のように結論づけている。

二国間対話を中枢に据えても、結局は米中双方が反発しあうことになる。重要な問題のすべてに中国が影響を与えているとみなし、中国からより多くの協調を引き出したいと考えているのはアメリカだけではない以上、中国との交渉に他の諸国も参加させて、対中多国間アプローチを試みるべきだ。

冷戦の終結は、アメリカの存在理由(レゾン・デートル)とも言える「市場経済と民主主義」の勝利と描写され、その後、中国経済の成長を前に、一部の諸国は「権威主義的経済開発モデル」に注目し始めた。そして、現在進行している金融危機及び各国の危機への対応が、市場経済モデルへの世界での信任を失墜させつつあると考えられている。こうした中、アメリカの相対的衰退を前提とする「是々非々の多国間主義」に象徴される金融危機前のワシントンの路線と、金融危機後の路線は微妙に変化してきている。

アメリカが価値と制度を共有する日独というパワフルな同盟国の役割に期待し、経済危機を安定化させて以降は、国を挙げて、国家の存在理由の一つである「市場経済の再生」に取り組んでいくと考える理由はここにある。コカコーラ会長ネビル・イスデルが「社会とつながった新しい資本主義と企業を」で示している先鋭的なビジョンは、まさしく、市場経済の再生に向けたアメリカの試みが既に開始されていることを告げている。●

(竹下興喜、フォーリン・アフェアーズ・ジャパン)

※注

注1.コンスタンツェ・ステルゼンミューラー「欧米とロシアの関係の鍵を握るドイツ ―― 普通の国ドイツに求められる新しい役割」 フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年4月号
注2.ポール・B・スターレス、スコット・A・スナイダー、アニア・シュメマン「北朝鮮が権力継承に失敗すれば……」  ポール・B・スターレス、ジョエル・S・ウィット「北朝鮮の急変に備えよ」 フィーリン・アフェアーズ・リポート2009年3月号
注3.「リチャード・ハースとの対話――アメリカの衰退、無極秩序における国家間関係を考える」 フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年6月号、「アメリカの相対的衰退と無極秩序の到来――アメリカ後の時代を考える」フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年5月号
注4.イアン・ブレマー「国家資本主義時代の到来か?」 フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年7月に掲載
注5.「欧米とロシアの関係の鍵を握るドイツ ―― 普通の国ドイツに求められる新しい役割」 フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年4月号
注6.「F・バーグステンが分析する中国経済の脅威と機会」 フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年6月号 「米中によるG2の形成を」 フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年7/8月号
注7.ヘンリー・ポールソン、「米中戦略経済対話の継続を」 フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年9月号

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