Issue in this month

2009年3月号 国際協調の未来形とは

2009-03-10

グローバルな危機への国単位での対応?

イランの核開発問題と中東和平プロセスの再開、イラクからの撤退とアフガニスタン増派、北朝鮮の権力継承問題と朝鮮半島の統一、中ロとの微妙な関係、さらにはエネルギー政策と地球温暖化対策など、金融・経済危機対策を別にしても、オバマ政権の課題はどうみても山積している。

だが、いかなる問題もいまはグローバルな金融・経済危機というレンズを通して捉え、対応策を考えざるをえない。事実、アジアを訪問したH・クリントン国務長官も、アメリカは中国との関係において、人権問題よりも、グローバルな経済危機への対応を優先すると示唆している。(注1)

相手が日本であれ、中国であれ、現在のアメリカの対外路線をもっと大きく左右しているのは、経済・金融危機への配慮だ。これから2年後には異なるアジェンダが最優先課題とされているかもしれない。だが少なくとも、それが、金融・経済危機同様に、一国だけでは解決できないグローバルなアジェンダになるのはほぼ間違いないだろう。

これは、(地球温暖化、エネルギー安全保障、海洋での海賊行為、金融・経済危機、ドル体制の動揺などの)グローバルなアジェンダへの配慮がいまや伝統的な二国間関係を覆い尽くしつつあることを意味する。

クリントン国務長官が、中国を重視しているとすれば、これらのグローバルな問題を解決していく上で中国が鍵を握る国家だからで、日米関係との比較考量においてではない。

しかし、最大の問題は、イギリスのブラウン首相を始めとする多くの識者が指摘するように、「金融・経済危機がグローバルな危機であるのに対して、その対応が依然として国単位で行われていることだ」。(注2)

実際、踏み込んだ国際協調を求める声、国際機関の強化や新たに多国間機構の立ち上げを求める声も、国内政治の流れと衝突したり、各国の主権に抵触したりする部分が出てくるために、次第にかき消されていくことが多い。

一時は耳にした国際金融機関の新設案は急速に廃れ、むしろ、複数の国際機関を改革・強化して、うまく連動させて状況に対処していくべきだと言う声が少なくともワシントンでは主流になってきているようだ。(注3)

金融・経済危機に対する国際協調は本当に実現するのか

世界の主要国はすでに2008年11月にワシントンで開かれたG20金融サミットに集っている。2009年4月にはロンドンでG20の第2回金融サミットも開かれる予定だ。各国はすでに政策金利を限界近くにまで引き下げ、大規模な景気刺激策も打ち出している。「1929年以降の大恐慌のときとは状況が違う、政策的に危機を克服できる」という声もある。

だが、「大恐慌期にも1929年以降の4年間にわたって国際協調が試みられていた」。

米外交問題評議会シニア・フェローのウォルター・ラッセル・ミードは、そうした当初における国際協調の試みにもかかわらず、「結局は保護主義の台頭に行く手を遮られてしまった」と指摘し、同じことが今の時代に繰り返されるリスクはいまのところなくなっていないと示唆している(「保護主義の台頭と地政学リスクを考える」)

ミードは、1930年代の歴史が今に再現されるリスクを高めてしまう大きな要因として、「アメリカ人が一皮むけば単独行動主義者であること」、そして、「アメリカやフランスは貿易の門戸を閉ざしつつある」と中国が考えるような行動を欧米がとってしまうことだ、と指摘している。

「アジアと中国を疎外し、その結果、相手の反発やライバル意識をかきたてるとすれば、その後数十年にわたって世界はその禍根から逃れられなくなる」とミードは警告している。

北朝鮮の崩壊?

短期的に経済・金融危機がどう進展していくかだけでなく、中期的に北朝鮮の権力継承がどうなるかもアジアの今後を大きく左右する。北朝鮮が崩壊すれば、約60年前の問題が再現されることになりかねないからだ。

CFRのスペシャル・リポート「北朝鮮の急変に備えよ」の共同執筆者の一人であるポール・スターレスは北朝鮮の上からの改革、つまり、権力継承のシナリオとして次の三つを示している。

1.管理されたスムーズな権力継承
2.権力抗争―社会崩壊―中韓への難民流出
3.権力継承プロセスの破綻――米韓の介入

北朝鮮情勢が流動化した場合の問題は2のシナリオが示唆するように、大規模な難民が中国との国境、そして韓国との国境へと押し寄せることだ。

この時点までに、現在の金融・経済危機が収まっていればまだいいが、中国が6~8%の経済成長しか遂げられずに社会秩序が乱れ、韓国がリセションに苦しんでいるさなかに、大規模な難民が両国の国境地帯に押し寄せれば、非常に厄介な事態になるかもしれない。

もっと本質的な問題は、北朝鮮後の朝鮮半島をめぐる中国とアメリカの思惑だ。米中が、それぞれ親米的な朝鮮半島、親中的な朝鮮半島が出現することを望んでいるのは想像に難くない。

3のシナリオで、現在の北朝鮮と中国との国境線に米軍が近づいてくれば、中国、そしてアメリカも約60年前の朝鮮戦争の悪夢を思い出すことにかもしれない。

悪夢の再現を回避するためにも、「水面下での米中の事前協議」の必要性を強調するスターレスは、米中協議の目的について次のように述べている。

「(協議の目的は)危機の際に相手がどう行動するかについての(米中)双方の懸念を緩和し、安心感を醸成してくことにある。……これは(米中間の)信頼醸成プロセス、北朝鮮に対する米中双方の立場の透明性を高めていくプロセスと考えるべきだ」。

現実に米韓が介入し、朝鮮半島統一の可能性が視野に入ってくれば、すべての必要性と課題が「半島の統一」というレンズを通して捉えられるようになる、とスターレスは指摘している。

だが統一コストを気にする韓国が、短期間での半島統一を望んでいないことは周知の事実だし、そもそも、米韓が破綻国家と化した北朝鮮に介入することを、ロシアと中国が国連安保理で承認するかどうか、非常に微妙な情勢だ。そして、6者協議がうまく決着していなければ、北朝鮮の核兵器を誰がどのように確保するかという大きな問題も浮上してくる。

21世紀はインド洋の時代

中国は朝鮮半島だけでなく、環インド洋地域をめぐってインドとも懸案を抱えている。

急速な台頭を遂げる中印はすでに「陸から海へ」と視点を移している。両国はエネルギー資源の開発と資源地帯におけるパイプランや道路、戦略的要地における港の建設をめぐって熾烈な競争を展開し、影響力をめぐる競い合いを環インド洋地域で展開している。

中印が台頭するなか、「インド洋は21世紀の課題の鍵を握る重要な海洋として急浮上してきている」とアトランティック・マンスリー誌のロバート・カプランは「台頭する中印とインド洋の時代」で指摘している。

現在の経済・金融情勢を考えれば、中印が環インド洋地域で道路、パイプライン、港などをめぐる開発競争をこれまで通り行っているとは考えにくいが、今後、経済が回復すれば、熾烈な競争がますますエスカレートしていく可能性は高い。

カプランのエッセーのテーマは、資源調達、海賊対策、そして米印の勢力圏抗争が入り乱れている「21世紀の鍵を握るインド洋の安全保障をどう高めていくか」という点にある。

カプランは、「アメリカは太平洋とインド洋における自らの海洋覇権に固執するのではなく、むしろ、それを微妙なパワー・バランス(勢力均衡)へと置き換えていく必要がある」と指摘している。

アメリカはインドや日本などの同盟国の海軍力(海上自衛隊の能力)を中国への対抗バランスとして頼みにして覇権を手放していくべきだし、中国とも協調できるところでは協調することで、アメリカは海洋秩序の安定化勢力(スタビライザー)として「必要不可欠の存在」とみなされるように心がけるべきだとカプランは提言している。

アメリカは「環インド洋のさまざまな地域で地域的、イデオロギー的同盟関係のネットワークを多層的に形成していくこと」を同氏は求めている。

国際協調の未来形とは

この指摘は非常に興味深い。事実上、カプランは次のようなことを言っていることになるからだ。

アメリカは単独行動主義、覇権主義を捨て、連帯を主導することに徹し、「パートナー」とは地球温暖化問題その他のグローバルな問題をめぐって可能なかぎりの協調を試み、一方で「同盟国」とはこれまで通り、あるいは、これまで以上の協調をめざし、「パートナー」の暴走に備えて歯止めをかけていく。そして、特定の案件をめぐって利害と懸案を共有している限りは、「いかなる国とも」協調する。

これはネットワークアプローチに他ならない。

先に、国際協調、国際機関強化を求める声は、結局はかけ声倒れに終わることが多いと指摘したが、国際協調の未来形として現実味があるのは、国務省政策企画部長への就任が報道されているアン・マリー=スローターがかつて唱えたトランスガバメンタリズム(各国の当局間の協調)(注4)、あるいは、同じく同氏が最近フォーリン・アフェアーズ誌で発表したネットワーク・アプローチによる問題解決(注5)、あるいは、リチャード・ハース米外交問題評議会会長が言う「是々非々の多国間主義」(マルチラテラリズム・ア・ラ・カルト)なのかもしれない。(注6)

金融・経済危機、海賊、地球温暖化などの国境を越えたグローバルな問題だけでなく、二国間の紛争や対立のような従来型の問題、そして金融政策、景気刺激策などの国内政策でさえも、政策の効果を最大限に高めるには、かつてのように一国だけで判断できる余地は少なくなってきている。

国際協調の未来形はグローバル化の進展とともに、トランスガバメンタリズム、ネットワーク・アプローチ、マルチラテラリズム・ア・ラ・カルトへと移行しつつある。問題は、各国の政治が新しい現実になかなかついていけないことだ。●

(竹下興喜、フォーリン・アフェアーズ・ジャパン)

※脚注

1.英テレグラフ誌電子版
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/china/4735087/Hillary-Clinton-Chinese-human-rights-secondary-to-economic-survival.html
2.「グローバル経済の危機と機会」、ゴードン・ブラウン、「アメリカ流市場経済モデルの崩壊?」ハロルド・ジェームス (フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年1月号)
3.「グローバル化に即した新ブレトウッズ体制とは」(フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年2月号)
4.「トランスガバメンタリズム」、アン・マリー=スローター (フォーリン・アフェアーズ日本語版1997年12月号)
(要旨)情報革命とグローバル経済の進展によって、いまや一国では対処できないテロリズム、組織犯罪、環境悪化、マネーロンダリング、金融問題がわれわれの目の前にある。現状を前に、国際主義者は多国間機構の強化を唱え、一方保守派は、それは主権の喪失につながると反対する。だが、各国の司法、立法、行政といった政府機関が、それぞれ独自に国家を越えた横断的なネットワークを形成すれば、共通の課題に取り組めるようになるはずだ。この動きの好例がバーゼル委員会、そして証券監督者国際機構の設立だ。現下の国際問題はそのトランスナショナルな性格ゆえに、「各国の政府機構間の国境を越えたつながりを育み、その維持を必然としている」。現実にもっともうまく対応できるのは、単独の国家でも、多国間機構でもなく、むしろ複数の国家の政府機構間の横断的なつながり、つまり「トランスガバメンタリズム」なのである。
5.「21世紀の国家パワーはいかにネットワークを形成するかで決まる」アン・マリー=スローター(フォーリン・アフェアーズ日本語版2月号)
6.「リチャード・ハースとの対話――アメリカの衰退、無極秩序における国家間関係を考える」(フォーリン・アフェアーズ日本語版6月号)「アメリカの相対的衰退と無極秩序の到来」、リチャード・ハース (フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年5月号掲載)

(C) Copyright 2009 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs, Japan

一覧に戻る

論文データベース

カスタマーサービス

平日10:00〜17:00

  • FAX03-5815-7153
  • general@foreignaffairsj.co.jp

Page Top