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2008年3月号 北極圏メルトダウンの機会と危機  

2008-03-10

かつてエコノミストのポール・クルーグマンは、グローバルな短期資金の流れについて、「金利の高い国に舞い降りるやいなや、高い木に止まって羽を休めながら、次の獲物を探す鷲のようなもの」と例えてみせた。だが、現在は中国、インド、中東産油国の高木に止まって辺りを見渡しているはずの鷲にも、どう首を伸ばしても見えない場所がある。これまで氷に閉ざされ、航路も開けていなかった北極圏だ。

だが、地球温暖化による気温の上昇で北極圏の海氷が溶けだし、「アイスキャップ(万年氷)に覆われていた地域の面積は50年前と比べて半減し」、その結果、これまでは考えられなかった二つのことが起きているとスコット・G・ボルガーソン(米外交問題評議会〈CFR〉国際関係フェロー)は指摘する。

一つは、北米大陸の北を走る北西航路、そしてユーラシア大陸の北を走る北海航路の航行が可能になりつつあり、ヨーロッパと北米、ヨーロッパとアジアを結ぶ新しい航路が開けつつあることだ。ボルガーソンによれば、いまや北極圏の航行ルートが開けるかどうかではなく、「いつそのルートが定期的な海洋運輸のためのシーレーンとして確立されるか」が問われている。もう一つは新たな資源地帯の誕生だ。アイスキャップ部分には石油や天然ガス資源が多く存在すると考えられており、「北極地方には世界における石油と天然ガスの未確認資源の4分の1が眠っている」と試算する報告もあるとボルガーソンは言う。

地球温暖化という現象からみれば、化石燃料の開発・消費がこれ以上進むのは大いに問題がある。だが、原油価格の高騰が続くなか、新たに膨大な規模の石油・天然ガス資源が確認され、しかも海運ルートが誕生しつつあるとすれば、鷲たちが、まるで砂漠でオアシスをみつけたかのように、次の行き先を北極圏に定めてもおかしくはない。資源開発を別にしても、パナマ運河、スエズ運河、マラッカ海峡という海運のチョークポイントを航行せずにすみ、しかも、航路を大幅に短縮できるとなれば、アジアとヨーロッパ、北米とヨーロッパの貿易取引が加速され、グローバル化の新たな局面が切り開かれることになる。

だが、話はここでは終わらない。

北極の海氷衰退が、世界の海運とエネルギー市場を一変させる可能性があるにもかかわらず、北極圏の帰属を明確に定義した国際条約や合意が存在しないために、「法的には誰のものでもない」北極地方に、周辺諸国はソナーネットを敷設し、自らの領有権の主張を力ずくでも守ろうと砕氷船を武装化することで、狭義な国益を守ろうと画策しているとボルガーソンは警鐘を鳴らしている(「北極の海氷衰退と資源争奪競争」)。
21世紀にあっても、問題をどう解決して機会に結びつけていくかという認識を国際社会が共有し、それに必要な意思と能力をバランスよく投入していかない限り、状況が大きく前進することはない。北極圏の資源開発やシーレーンの誕生という砂漠のオアシスも、国際的なルールが確立されないことには、鷲の目には霞がかかってよく見えない地域に終わるかもしれない。

ラテンアメリカ、アフリカ同様に、北朝鮮も高い木の上から世界を見渡す鷲にとっては、よく見えない地域に違いない。なぜこの上空の霧が晴れないかは比較的はっきりしている。●

(C) Foreign Affairs, Japan

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