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2007年7月号 米大統領選挙―流れはトランスナショナルな問題を管理する国際的連帯の構築へ
2007-07-10
イラク問題のような外交課題が米大統領選挙の主要な争点にされることはめったにないし、また外交領域という枠内でみても、伝統的な大国間関係よりも一国だけでは解決できないトランスナショナルな課題が選挙の主要な争点として重視されたことはこれまで一度もない。今月号の2人の大統領候補の論文内容から判断すると、この点で2008年の米大統領選挙はこれまでとはかなり様相が異なる異例の選挙となるかもしれない。
イラク問題については、米軍の撤退そのものよりも、部分的撤退後のイラク情勢を政治・経済、外交、軍事的にどう管理していくかが問われることになる。共和党の大統領候補の一人であるミット・ロムニーが指摘するように、拙速な撤退策をとれば、イラク南部をイランが、西部をアルカイダが支配し、イラク北部とトルコの国境線が不安定化する恐れもあるからだ(「グローバルな新世代の課題に立ち向かうには」)。
民主党の大統領候補バラク・オバマも、共和党の大統領候補ミット・ロムニーもおもなテーマとしてイスラム過激派、テロの脅威をとりあげており、伝統的な大国間関係の管理に触れている部分が驚くほど少ないことも大きな特徴だ。
9・11がまだ起きていなかった2000年、フォーリン・アフェアーズ誌に論文を発表したコンドリーザ・ライスは、「国益に基づく国際主義を模索せよ」と、あくまで大国間関係を重視した議論を展開した。あれから7年、オバマもロムニーも、むしろ、「国を単位に問題をとらえることの弊害」を指摘する。ともに、新聞のヘッドラインを飾る中国の台頭についてさえ数行を費やしているだけだし、潜在的脅威として取りざたされることも多いロシアとの対立にいたっては直接的には全く触れていない。むしろ、両氏は、テロや地球温暖化など、トランスナショナルな脅威に対抗していくために、大国間関係をいかに協調に向かわせるかという文脈での議論を進めている(バラク・オバマ「アメリカのリーダーシップを刷新する」)。
顧みれば、第二次世界大戦後のアメリカ外交は、「友好国と同盟国」「敵対勢力」「その他」という区分を軸に長く展開されてきた。「その他」とは、米ソ対立という構図のもと、表向きの棲み分けはできていても、「同盟国でも敵対国でもない」とみなされてきた国々、つまり、冷戦期における、北アフリカ、南アジア、中東を含むおもに途上世界の国々のことだ。
だが、アメリカにとってのそうした外交区分は、強大な敵対勢力が消失した冷戦の終結によって一気に流動化し、グローバル化による貿易と投資の自由化と多様化によって変性し、9・11によって大きな転換を経験する。
なかでも、9・11以降の最大の変化は、「敵対勢力」と「その他」がほぼ入れ替わったこと、より正確には、中国とロシアが「敵でも味方でもない存在=その他」とみなされるようになり、テロという「その他」の一部がつくりだす問題が最大の脅威とみなされるようになったことだ。加えて、「友好国と同盟国」へのアメリカの認識も、テロという最大の脅威を前に、微妙ながらも大きな質的変化を遂げつつある。
国際的連帯の強化を唱える両氏の議論からは、テロネットワークという「敵対勢力」に対抗するためなら、「友好国や同盟国」との関係をグローバルな脅威に対処するための拡大同盟へと仕切り直しをし、潜在的な敵対勢力となる恐れのある(ロシアや中国などの)敵でも味方でもない「その他」とも、可能な限り、協調基盤を増やしていこうとする意図が読み取れる。
両氏とも、国連に関して多くの期待をしていないこと、エネルギー自立路線を主張していることも目立った特徴だ。ロムニーは曖昧ながらも、国連に代わる民主国家連合の可能性を示唆し、外交、軍事、経済、いずれの領域においても、(国連よりも)友人とともに活動したほうが、アメリカの力は強化されると指摘する。
エネルギー、地球温暖化、移民、イスラエル・パレスチナ、北朝鮮とイラン(核不拡散)、貿易など、重要な争点は数多くあるが、これらのほぼすべてが、もはや一国だけでは解決できない問題になりつつある。外交の本流が大国間関係をいかに管理していくかという点にあるのは事実としても、最大の脅威は、テロ、地球温暖化問題に代表されるトランスナショナルな領域にあると考えられだしている。流れはトランスナショナルな問題を管理するための国際的連帯の構築へとシフトし、単独行動主義はすでに過去の遺物と化しつつあるようだ。●
(C) Foreign Affairs, Japan