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2007年3月号 日本の国力を考える
2007-03-10
戦後の日本は国益を明確に定義してこなかったとよく言われる。たしかに最近では、国益という表現は日常的に耳にするが、それでも、国益を実現するためのパワー、つまり国力という言葉を見聞きする機会は依然として少ない。
人口の規模、軍事力、経済・技術力、文化的影響力など、国力を構成すると考えられる要因は数多く存在し、国際環境の変化とともにこれらの要因のどれが重視されていくかは変化していく。例えば、冷戦が終結した当時、国力に占める軍事力の重要性は大きく低下し、今後は、軍事力よりも、経済力、技術力が国力を左右する重要な要因になると言われた。ただし、いまはグローバル化が促す経済相互依存の時代にあり、先月号の論文でトニー・ブレアが示唆したように、グローバルな利益と国益をいかにうまく重ね合わせるかが問われている部分もある(「テロとの戦いの本当の意味は何か」日本語版2007年2月号)。
日本研究者ケネス・パイルの新著『台頭する日本』を書評に取り上げた、マイケル・グリーン前国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長は「復活した日本と現実主義外交の伝統」で、パイルの主張を引きつつ、歴史的にみても、日本は変化する国際環境に国力をうまく適合させてきたと指摘する。
明治から1940年までの日本は国力を構成する要因として経済力よりも軍事力を、戦後の日本は、「吉田ドクトリン」に象徴されるように、もっぱら経済力を重視してきたが、小泉政権以降、経済力だけでなく、軍事力(国際安全保障における日本の役割の増大)を重視する新路線が敷かれつつあると同氏はみる。
軍事面でのパワーを培わなくても、戦略環境を形づくるだけの影響力を培っていると長く考えてきた日本も、1990年代にバブルが崩壊して経済不振に陥り、中国が台頭し、北朝鮮の核の脅威にさらされることで、それまでの認識を変化させた。こうして、経済の構造改革とより力強い安全保障政策を重視する小泉政権が誕生し、防衛庁を防衛省に格上げし、憲法9条の改正を公言する安倍政権が後継を担っているとグリーンは現状を分析する。
一方、安倍政権の行方を検証したリチャード・カッツとピーター・エニスは、「安倍政権は改革政権となれるのか」で、安倍晋三政権は外交と社会政策には熱心でも、経済に十分な関心を寄せておらず、「このままでは小泉がつくりだした改革の流れが鈍化するか、停止しかねない」と警告する。日本の経済再生は本物ではなく、改革を続けない限り、再度漂流しだすと指摘する両氏は、社会の高齢化が進むなか、縮小する労働力の生産性を高め、消費需要を維持し、経済の二重構造を是正していくための改革措置が必要だと強調している。
この議論を、国力の枠組みに当てはめて考えれば、いくら自主外交路線、国際安全保障における役割増大を模索しても、改革を通じて新路線を支える経済力(財政基盤)を維持していかない限り、安倍政権の新路線も破綻しかねない、ということになる。「安倍が改革に向けた行動を起こさなければ、政権は短命に終わるかもしれないし、日本の経済と生活レベルを上向かせることはできず、日本の影響力(つまりは国力)も低下していく」とカッツとエニスは言う。
中国の影響力の拡大、北朝鮮の核の脅威、日本を含むアジア各国でのナショナリズムが高まるなか、日本が安全保障上の新路線をとり、国力を構成する要因のバランスを見直しているとしても不思議はない。しかし、国益を実現するための国力を構成する要因がグローバル化によってますます多様化していることにも目を向ける必要がある。事実、アメリカは、圧倒的な軍事・経済力を持ちながらも、イラク戦争をめぐる国際協調路線を拒絶し、単独行動主義をとったために、世界におけるクレディビリティー(信頼性)とイメージを失墜させ、これによってアメリカのパワー(影響力)は大きく損なわれた。
ジョセフ・ナイは、国力を、軍事力などを通じて他国の行動を縛るハードパワーと、自国の掲げる理念や路線に他国が魅了されることで、自律的に自国の国益を促進していくソフトパワーに切り分けてみせたが、今回の日本をテーマとする二つの論文は、日本が歴史的分水嶺にあること、軍事力と経済力、ソフトパワーとハードパワーのバランスをいかにとるかで、今後が左右されることを示唆している。国益とグローバルな利益を詳細に定義し、それを最大限重ね合わせるために、どのような国力のバランスが必要か、まだ議論は始まったばかりだ。●
(C) Foreign Affairs, Japan