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2006年6月号 原油高騰とドル安が世界秩序を揺るがす
2006-06-10
原油価格の高騰によって石油資源の輸入国から輸出国へと巨大な富の移転が起きている。だが、不可解なことに石油資源を持つ国は往々にして豊かではない。そこに「石油の呪縛」という政治・経済的な落とし穴が存在するからだ。ナイジェリア、スーダン、チャド、旧ソビエト諸国、イラン、リビア、サウジアラビア、アルゼンチンと、石油に呪縛されている国は世界に数多くある。
石油資源を持つ国の多くは、歳入の多く、あるいはすべてを、国内の石油資源開発権のリースや売却に依存し、自立的な経済に向けた改革路線をとろうとはしない。政治的腐敗が蔓延し、経済・政治改革路線は放置され、資源が適切に管理されることも、インフラ投資が行われることもなく、経済は停滞し、貧困はなくならず、人権が踏みにじられる。
今月号にも次のようなくだりがある。
・エネルギー資源からの歳入がある限り、クレムリンは経済改革に関心を示さなかった。実際、1986年に原油価格が1バレル75ドルだったら、ゴルバチョフもペレストロイカ路線は導入しなかったと思う(「対ロシア路線を見直し始めたブッシュ政権」)。
・ラテンアメリカの資源国では、天然資源や地代を獲得することで、中産階級に増税せずに下層階級に資金を分配するという無理な計画が進められた。政策がうまくいかなかったら、カネをばらまけばいいとポピュリストは考えたのだ(「ラテンアメリカの左旋回」日本語版2006年7月号)。
・チャベスを含む、ベネズエラの歴代政権の石油資源への依存体質は、「石油の呪縛」の典型である。チャベスはベネズエラ国営石油公社のことを、自分の壮大な政治プロジェクトの資金を提供してくれる財的基盤とみなしている(「ウゴ・チャベスとは何者か」)。
原油価格が高騰するなか、ベネズエラのチャベス大統領は、自分の政治的野望のために資金をばらまき、大国への復権を狙う資源大国ロシアは、民主主義から離れて権威主義体制を強めている。
問題はこれだけではない。政治的腐敗が蔓延し、人権が踏みにじられている国との関係を持つことを国内法で制限するアメリカのような国もあれば、むしろ、これらの資源国と積極的に関係を築こうとする中国のような国もある。アフリカ、ラテンアメリカなどで資源外交を積極的に展開する中国は、アメリカが関与をためらう「石油に呪縛された問題国家」との関係を模索することで、すでにある種の「勢力圏」を築きつつあるし、権威主義へと回帰するロシアにも急接近しつつある。
「今後ロシアと中国が接近すればするほど、主要国が(民主主義を基盤とする国、権威主義を基盤とする国の)二つの集団に分かれていく危険は高まる」とCFRロシア問題タスクフォースは最近発表したリポート「間違った方向へ進むロシア」(「ロシアにG8ホスト国の資格があるのか」より)で指摘している。原油価格の高騰という昨今の文脈で言えば、「民主主義国家プラス経済改革を重視する途上国」と「権威主義国家プラス石油に呪縛された途上国」に世界は分かれていくと言い換えることもできる。
一方、国際経済面でも大きな変化が始まろうとしている。「これまで世界各国の生産増大と雇用を支えてきたアメリカの旺盛な消費にもついに陰りが見え始めてきた」と指摘するマーチン・フェルドシュタインは、アメリカのドル価値は今後低下していくと予測し、このトレンドは「アメリカの輸出が増大し、輸入が減って経常赤字の対GDP比バランスが回復されるまで続く」と指摘する。すでにドル安現象は始まっている。原油の高騰とドルの暴落が同時に起きれば、インフレ、高金利、リセッションの悪循環にはまる危険もあるとみる専門家もいる。
今後、ドル価値の低下で貿易の流れが大きく変わり、一方で、原油価格の高騰を背景に世界の政治秩序が長期的に大きく再編されていくとすれば、日本の次期指導者に求められる資質が、靖国神社を参拝するかどうかで判断できるはずはない。問われるべき資質は、流動化する世界秩序のなかで日本の貿易・経済の舵取りをうまく行い、多元化していく国際社会での日本の政治的立場を明確に示すことのできる、グローバルでプロアクティブな戦略ビジョンを持っているかどうかだろう。●
(C) Foreign Affairs, Japan