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2006年1月号 民主化と経済、民主化と紛争を考える
2006-01-10
「すでに大規模な対中投資をしている米企業、これから投資を検討している米投資銀行は、中国の今後の社会状況を憂慮しはじめている。ペンタゴン、米中央情報局(CIA)、国家安全保障会議(NSC)その他の省庁でも『迫り来る中国の革命』というテーマが議論されている。経済成長に見合う政治改革が実施されていないために、非常に大きな社会的混乱が中国で5~10年以内に起きるのではないかとワシントンは危機感を募らせている」。最近、ニューヨークでこんな話を聞いた。
当然、想定しておくべきシナリオの一つだろう。
いくら経済開放策をとって経済成長を実現しても、その恩恵が社会に広く行き渡るという保証はなく、勝ち組と負け組が出てくるのは避けられない。この点は市場経済・民主主義国家でも同様だ。ただし、市民の不満をくみ取るための法に支えられた民主的制度があれば、問題への対策がとられ、民衆の不満はある程度は緩和される。
だが、政治改革を通じて民衆の不満をくみ取る政治制度が導入されなければ、人々の不満と怒りは行き場を失い、治安は乱れ、社会も経済も停滞する。経済成長が失速すれば、不満を募らす人々の数はますます増え、事態はさらに深刻になる。実際、中東ではこの悪循環がテロを引き起こしている。当然、投資どころの話ではなくなる。中国経済の失速と社会的混乱というシナリオ、そして中国の政治改革の行方が注目されているのはこのためだ。
だが最近では、民主化に向けた政治改革を行うことなく、経済成長をある程度持続できるという見方も出てきている。「経済成長によって得た資金をバックに、公共交通機関、保健医療サービス、初等教育などの(経済成長に必要な)公共財を提供することで市民の満足度を高める一方で、民主化を求める市民の連帯を育む前提である政治的権利、人権、報道の自由を厳格に取り締まれば」、民主化への流れを抑え込みつつ、経済成長を持続し、抑圧政権の延命を図れるというのだ(「経済成長は本当に民主化を促すのか」)。この論文をまとめたB・メスキータとG・ダウンズは、中国とロシアはまさしく、経済成長を維持し、政治改革を回避するために、この戦略をとっていると指摘する。
一方アメリカが世界で広く民主化に向けた改革を求めるもう一つの大きな理由は、「民主主義国家どうしは戦争をしない」と広く考えられているからだ。市場を広く開放していることの象徴である「マクドナルドが進出している国どうしは戦争をしない」とする「ゴールデン・アーチ」理論さえある。
たしかに、民衆の不満を前にした抑圧政権が政治的延命のために外の脅威をことさらに強調し出せば、必然的に粗野なナショナリズムが高まり、紛争が誘発され、秩序が動揺するリスクは高まる。
しかし、だからといってやみくもに民主化を推し進めればよいということにはならないとジョン・M・オーウェンは言う。オーウェンは、E・マンスフィールドとJ・スナイダーの最近の著作からの議論を引いて、「選挙を実施したものの、(独立した司法制度、軍の文民統治、複数政党制、報道の自由など)政府の説明責任を問うための適切な制度を確立していない『民主化途上にある国』はむしろ戦争を起こしやすい」と指摘する。
「政府の説明責任を問うための適切なメカニズムが整っていない国の政治家は、他国と領土論争を展開し、……外国人に対する不満を煽ったりすれば、市民の支持を得やすいことを理解しており」、しかも結果責任を問われることもない。したがって、民主改革といってもまず選挙ありきではいけない。必要なのは、政治家の説明責任を問える政治制度を導入したうえで選挙を実施することで、選挙実施の順番を間違えてはいけないとオーウェンは指摘する(「民主化途上にある国の危うさ」)。
いまや選挙を実施するだけでなく、選挙を経て選出された政府が法を守り、市民的自由を尊重し、民主的制度に守られながら市民が幸福に暮らせることが「ポスト冷戦型民主主義」の定義として定着しつつあるし、抑圧体制が、経済成長を持続させつつ、民主化を先送りできることも認識されつつある。この危うさが外交、企業戦略にとって何を意味するか。中東、中国、ロシアと大きな経済的つながりを持つ日本にとっても重要なテーマだろう。●
(C) Foreign Affairs, Japan