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2005年5月号 揺れ動く日中関係
2005-05-10
「上海のスターバックスに行き、中国のヤッピーたちと話をすれば、彼らがシアトルやニューヨークのヤッピーと何ら変わらないことがわかる。ただし、台湾や日本、そしてときにアメリカの話題を持ち出すまでは」とファリード・ザカリアは語り、リチャード・ハースも中国では「共産主義が死滅しつつあることによって生じている思想的・政治的空白がナショナリズムによって埋め尽くされる」危険があると述べている(「中国の台頭にどう対処する」)。
経済成長から得た自信ゆえに、「歴史的な被害者意識」を脱した中国はついに大国として外交路線を考えるようになってきた、とつい最近まで考えられてきた(「大国中国で進行する静かな外交革命」日本語版2003年11月号)。おそらく、この認識はいまも有効だが、少なくとも現段階では、「対日外交を例外とすれば」という条件をつける必要がある。
経済開放路線をとりつつも、政治的自由化を進めていないことがつくり出す社会の矛盾や経済的格差が中国で大きな問題となることはかねて指摘されてきた。見事な経済成長を遂げながらも、失業率が高いという奇妙な現実にその矛盾は端的に表れている。経済開放路線が与える影響が「中国の地方や社会階層ごとに全く異なり」、しかも社会保障制度が破綻しているとすれば、社会的不満の増大は避けられない(注1)。(「中国の経済と貿易の行方」)。
こうしたなか、日本の教科書問題(歴史認識)、東シナ海のガス田問題が大きな政治争点として浮上し、本来であれば、インターネットを通じて団結した農民や労働者など経済開放路線からの恩恵を手にできずにいる人々の抗議行動で埋め尽くされるはずの「思想的・政治的空白」が、実際には政治的民主化を求めてもおかしくない若者や学生による反日運動という形でのナショナリズムで埋め尽くされようとしているようだ。ここに危うさがある。
だが、日清・日露戦争を経た20世紀前半の日本が、国家主義意識、欧米諸国への反発、農村部の不満を背景に、満州事変から国際連盟脱退に至る対中軍事路線、「日本版モンロー主義」路線をとり、中国でのナショナリズムにも国際秩序にも配慮しようとはしなかったことも思い出す必要がある(注2)。
「息苦しくてしょうがなかった。どこか深く息をつける場所がほしかった」。松岡洋右は日本の対中侵略を弁解して国際連盟でこう説明している(注3)。だが、そうした日本の軍事路線が、地主階級の解体というスローガンでは農民の支持を取りつけられずにいた1930年代初頭の中国共産党に躍進の機会を与えた。農民層を取り込む上で、あえて地主階級への反対を前面に押し出すより、むしろ、「抗日戦への愛国主義」を訴えるほうがはるかに効果的な戦術だったからだ(注4)。
中国がかつての戦術をいまに再現しようとしていると言うつもりはないが、戦前の日本と現在の中国は国内の不満にどう対処するかについて、どこか似たような戦術をとっている部分がある。
ハースは「われわれの時代における静かで興味深い戦略上の進化の一つとは、日本が普通の国になりつつあること」だとも指摘している。戦後に経済大国としての地位を築きあげた日本は、いまや国連安保理入りを目指し、憲法改正も検討している。つまり、北東アジアでは、中国の経済大国への台頭、経済大国日本の政治大国への台頭という、二つのパワーの同時台頭というかつてない現象が起きているのだ。当然、互いの違いではなく、共有する利益に目を向けなければ摩擦は避けられない。日本が「戦前の歴史を踏まえた」未来志向の国家ビジョンを描き、中国の政治制度、経済制度の矛盾がつくり出す問題をソフトランディングへと向かわせるのを助けることが日中の共有利益である。そして「認識」すべきは、共有利益を大きくしてくれるのがグローバル経済のなかの投資、貿易であり、中国の「段階的な」政治改革であるということだ。●
注1 エリザベス・エコノミー「新指導層と中国の行方」
(『フォーリン・アフェアーズ・コレクション 次の超大国・中国の憂鬱な現実』朝日文庫、2003)
注2 ジョージ・H・ブレイクスリー「日本版モンロー宣言」
(『フォーリン・アフェアーズ傑作選1922―1999(上)』朝日新聞社、2001)
注3 Charles E. Neu The Troubled Encounter:The United States and Japan John Wiley & Sons, Inc. (1975)
注4 ジョン・K・フェアバンク「アジアのナショナリズムと革命思想」
(『フォーリン・アフェアーズ傑作選1922―1999(上)』)
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