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2005年1月号 ブッシュはビスマルクになれるか
2005-01-10
ジョージ・ケナンが冷戦の黎明期の一九四七年に発表した「X論文」、冷戦後のX論文と呼ばれた一九九三年のサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」に続く、ポスト9・11世界のX論文の登場が長く待望されていた。今月号のジョン・ギャディスの「第二期ブッシュ政権の大戦略を検証する」がいずれそう呼ばれるようになる可能性は十分ある。
X論文という名称は、ケナンがXという匿名で「ソビエト対外行動の源泉」という大論文を発表したことに由来するが、X論文の現代的な意味合いを「不可解な状況を合理的に説明し、脅威を的確に分析してその対処策を明示し、しかも他の世界が共有できるような一貫した外交理論」と定義することもできる。
「国民国家システムそのものの存続がテロによって危機にさらされている」とするギャディスは、「なぜ中東のテロリストが他の世界に牙をむいたか、テロの脅威の本質は何で、それにどのように対処すべきか」を説得力のある議論で示し、ブッシュ大統領を、鉄血宰相として旧秩序を破壊し、その後は誠実な仲介者としてヨーロッパ秩序を築きあげたビスマルクになぞらえ、一期目における破壊を二期目における新秩序の創造へとつなげていくべきだと説く。
「六カ月前なら、この文書も国務省では顔をしかめられて、闇に葬り去られるのが落ちだっただろうし、六カ月後だったら、それは余計な議論、つまり、釈迦に説法とみなされていたかもしれない」(「ジョージ・F・ケナン回顧録」)。当時モスクワに赴任していた米外交官、ジョージ・ケナンは、その後、半世紀にわたってアメリカの外交、軍事戦略を規定する政策理論をワシントンに打電した際のセンセーショナルな受け止められ方をこのように述懐している。ギャディス論文発表のタイミングも絶妙だったようだ。ブッシュ大統領はすでにビスマルクの伝記を耽読していると聞く。
アジアについても新秩序の必要性が語られている。
「アジアのパワー・バランスは各国のナショナリズム感情とライバル意識を高める方向へと変化しており、韓国、日本、中国の間で誤解や対立が生じる危険は今後ますます高くなっていく」とフランシス・フクヤマは東アジアの現状を分析する。
中国共産党政府が国内での支持を自らに引きとめようとナショナリスト路線を強化し、米韓関係が冷え込み、日朝関係の緊張が高まり、しかも各国が「北朝鮮後」を見据えた東アジア秩序を具体的に思い描き始めているとすれば、今後の東アジアでの政治的緊張は避けられない。一方で、政治的緊張を緩和させる効果のある経済の相互依存関係はアジア内で飛躍的に高まりつつあるが、東南アジア諸国連合(ASEAN)を軸とする多様な経済フォーラムが中国の影響力拡大のツールとされつつある部分もあるとフクヤマは指摘する。
エリザベス・エコノミーもフクヤマも、台頭する中国を一貫性のあるアメリカのアジア政策の一部、あるいは、東アジアのフォーラムの一部に位置づける必要があると指摘し、フクヤマは六者協議を進化させて日本、韓国(あるいは統一朝鮮)、中国、アメリカ、ロシアで五カ国フォーラムを立ち上げ、北朝鮮の核危機を超えた東アジアの安全保障問題の協議の場とすべきだと提言する(「アジアをとらえ直す」「大国化する中国にどう向き合うか」)。
もちろん、五カ国フォーラムのメンバー、特に日中韓が歴史認識だけでなく、人権の定義、個人と社会、個人と政府の関係などをめぐって価値を共有できるかどうか、アジアでの多国間構造構築への課題は多い。
一方、二〇〇二年の韓国、日本の対北朝鮮和解路線を前に危機感を強めたブッシュ政権は、北朝鮮のウラン濃縮疑惑に関する断片情報から導き出した「最悪のシナリオ」を事実として公表し、イラク同様に、流れを変えようと試みたとセリグ・ハリソンは指摘し、平壌がウラン濃縮による核分裂物質の生産を模索したのは事実だが、真偽のはっきりしないウラン問題ではなく、プルトニウム問題を優先して協議を行わない限り、進展は期待できないと主張する(「『北朝鮮によるウラン濃縮』というアメリカの疑惑」)。
いずれにせよ、六者協議における中国、韓国、日本、アメリカの足並みの乱れは大きく、なかなか毅然たる態度を示さない中国にワシントンはいらだちはじめている。この点からも、北朝鮮を外して即座に五カ国フォーラムを立ち上げるべきだと説くフクヤマの提言は合理的かもしれない。●
(C) Foreign Affairs, Japan