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2004年11月号 イランの「実存的脅威」とは何か

2004-11-10

イラクは大統領選挙の大きな争点だった。しかし、新大統領が直面する最大の課題はイラクよりも、むしろイランになりそうだ。ともすれば、来年一月の就任式を待たずして、年内にイランの核開発問題への対応をめぐってアメリカ国内、国際社会でまたも大きな論争が起きるかもしれない。
ヘンリー・キッシンジャーが指摘したように、冷戦の終結と9・11を経た世界の現実をどうとらえるか、最優先課題が何であるかについての国際的合意がなく、脅威にどう対処していくかの国際的行動基準も存在しない以上、今後も脅威にどのように対処するかをめぐって国際社会が分裂する危険は高い(「キッシンジャーとサマーズが描く米欧関係の未来像」日本語版 二〇〇四年五月号)。
「新大統領が直面する世界の現実」を議論したパネリストたちは、イラクとアフガニスタンの戦後復興、イラン、北朝鮮を中心とする核拡散問題、テロとの戦い、そして台頭する中国との穏やかな関係の構築を今後のアメリカの大きな課題とみなしている。とすれば、テロ組織を支援し、核開発をもくろみ、しかも、イラクやアフガニスタン情勢に介入できる数多くの手段をもつイスラム国家イランへの対応を、ワシントンが最優先課題とみなしてもおかしくはない。
核関連施設が国土に散在し、市民の多くが核開発を支持しているイランへの軍事侵攻策や政権交代策はアメリカの選択肢になり得ないと判断する米外交問題評議会のタスクフォースは、イランに選択的に関与し、焦点を絞り込んだ、段階的な交渉を試みるべきだとリポート「イランへの選択的関与を」で主張している。
ただし、ワシントンでは対イラン強硬論もいまだにくすぶり続けているし、アメリカとヨーロッパやロシアのイラン問題への立場は微妙に違っている。イランと石油資源をめぐる契約を交わし、一方で北朝鮮の核拡散の脅威にさらされている日本も、米欧間での微妙な舵取りを余儀なくされるだろう。
核による対米テロの可能性もワシントンでは実存的脅威として認識されはじめている。「核によるテロの脅威は実存するのか」で、政治学者のグレアム・アリソンは不備の多い現在の核不拡散路線をとり続ければ、核によるテロは間違いなく起きる、これまで核テロが起きていないことのほうが不思議だと述べている。
新大統領の課題の一つとされる台頭する中国についての議論もある。技術革新による生産性の向上がみられないと、アジア経済、中国経済の成長を「張り子の虎」と断じたポール・クルーグマンの議論からほぼ十年。アジア研究者のアダム・シーガルは「技術革新の拠点としてアジアに目を向けよ」で、中国、インド、台湾ではアメリカ流のネットワーク型技術革新インフラがすでに形成されており、アジア経済は世界の生産工場以上の役割を今後果たすようになると示唆し、アメリカは、アジアの技術開発に学ぶ必要があると説く。一方で、中国研究者エリザベス・エコノミーの「新指導層率いる中国の課題」は、経済至上主義がつくり出した政治的・社会的問題への対応を試みる市民団体、非政府組織の役割に注目し、こうした社会的な変化が新しい中国をつくり上げていくことに期待を寄せる。
米欧関係の亀裂、反米主義の高まりにどう対処していくかも新大統領のアジェンダだが、政治学者のR・W・タッカーとD・ヘンドリックソンは「アメリカへの信頼はいかに失墜したか」で、アメリカの正統性が崩壊し、国際社会でのアメリカへの信頼が失墜したのは、過去においてアメリカの正統性を支えてきた国際法順守という外交スタイルをことごとく踏みにじったネオコンたちのせいだとリベラル派からの批判を展開している。
大統領選挙を経たアメリカ社会の分裂はますます深刻になってきている。保守派コラムニスト、アン・カルターの新著『リベラル派を論破するために』(仮題)は米アマゾン・コムのノンフィクション部門売り上げ一位を独走し、ウエブ雑誌・ホットワイアードは、いまやアメリカの出会い系サイトでさえもリベラル派と保守派に分かれていると伝えている。分裂するアメリカと分裂する国際社会をどう束ねていくか、これも新大統領の大きな課題となる。●
(C) Foreign Affairs, Japan

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