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2004年9月号 イラクと中国の民主化がなぜ必要なのか

2004-09-10

これまで長く抑圧体制のなかにあったイラクに民主主義は根づくのか、共産党の一党支配下にある中国は経済開放路線に見合うような政治改革を断行できるのか。イラクや中国に限らず、現在広く問われているのは、問題に直面する国々が、民衆の不満をくみ上げ、緩和できるような民主的な道筋や制度を導入できるかどうかである。
そこに不満を解決していくメカニズムがあり、それをどう利用すればよいかが広く認識されていれば、人々は民主的制度の枠内で打開策を求めていく。だが、そうでなければ民衆の不満と怒りは行き場を失う。治安は乱れ、社会は停滞する。テロ、クーデター、革命の歴史が繰り返されるか、治安の安定と秩序の確立を約束するデマゴーグの独裁者や強権者の登場に道が開かれる。その過程において、ナショナリズムが高まり内外で民族紛争が誘発されることもある。大量破壊兵器(WMD)獲得への動機も高まり、文明社会そのものが危機にさらされる。
これこそ、民主的制度の価値が注目されている今日的な文脈であり、9・11を経験したアメリカのリベラル派とネオコンがなぜともに民主主義の促進策を求めているのか、その理由を説明する大きな要因でもある。
暫定占領当局(CPA)の上席顧問を務めたラリー・ダイヤモンドは「イラク占領の何が問題だったのか」で、「治安が確保されていなければ、そこにあるのは混乱、不信、絶望だけだ」と治安強化のための米軍増派をしぶったペンタゴンを批判し、治安の悪さが戦後再建と民主化のすべての試みに対する大きな障害になったとCPAによるイラク占領を振り返る。
大きな発展を遂げているかにみえる中国はどうだろうか。若手の中国研究者、ジョージ・ギルボーイの「『中国経済の奇跡』という虚構」によれば、経済開放路線が成長として開花しているとはいえ、中国からの輸出の多くは外資系企業によるもので、しかも、政治改革が進展していないために、法が役人によって勝手にねじ曲げられることも多い。このため、中国の民間企業は役人から特別待遇を受けられるように常日頃から配慮し、そのような官との癒着によって保護される領域内でしか活動しない。その結果、実際には伸び悩んでいると指摘する。旧態依然たる中国の政治制度が経済発展を阻む大きな壁としてすでに目の前に迫っている、と。
選挙の実施だけでなく、選挙を経て選出された政府が法を守り、市民的自由を尊重し、市民が幸福に暮らせること。これが「ポスト冷戦型民主主義」の定義だろう(注1)。そして、中国の政治改革の行方が注目されているのは、市場経済がもたらす変化を前に人々の不満が一気に高まったときの対策が、現状では抑圧策以外に存在しないように思えるからだ。大規模な難民の発生、内戦、地方と中央の対立などの問題が起きる危険は、特に経済が下降線をたどりはじめれば、覆い隠しようがなくなる(注2)。
だが、中国研究者のオービル・シェルは、中国は政治改革のための歴史的下地を持っていると指摘する。第二次世界大戦中に戦後日本の民主化を検討したアメリカ人が一九二〇年代の大正デモクラシーに注目したように、中国の民主化を思い描くシェルは、最後の王朝が崩壊した後の二十世紀初頭における中国知識人たちの思想にスポットライトをあてる(「『民主国家中国』の幻の遺産」)。
十一月の米大統領選挙を控え、論争に向けた懸案の洗い出しも進みつつある。グレアム・アリソン、ジョセフ・ナイなど外交専門家の多くが、テロリストがWMDを入手する危険への予防策をとることを政策上の最優先課題に挙げ、金融専門家のベン・ステイルはアメリカの財政赤字問題とアジアの外貨準備の不安定な関係を指摘している(「次期大統領の外交課題」)。
マネジメントの専門家、カール・シュラムは「起業型経済の構築を」で非常に刺激的な起業型経済モデル論を展開し、日本の不況が長引いている原因の一つは、その起業率の低さにあるかもしれないと指摘する。このモデルは、途上国だけでなく、社会主義構造から脱しきれない「冷戦型民主国家」日本の経済にも有効かもしれない。●
注1 Fareed Zakaria, “The Rise of Illiberal Democracy” in Foreign Affairs, November/December,1997
注2 『次の超大国・中国の憂鬱な現実』(朝日文庫、二〇〇三年)

(C) Foreign Affairs, Japan

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