Issue in this month

2004年4月号 大統領選挙と単独行動主義

2004-04-10

アメリカの外交思想に奇妙な捻れが生じている。この捻れがうまく整理されていくか、それとも、ますます大きなきしみ音をたてるようになるか。これが二〇〇四年の米大統領選挙の大きな見どころの一つになるかもしれない。この捻れは、本来は民主党の立場であるはずの民主空間の拡大、人権促進路線を唱える共和党のウィルソン主義者が、国益と主権を守るためなら単独での軍事路線も辞さないという立場をとる新保守主義者(ネオコン)と手を組んでいることによって生じている。
「アメリカの国益と主権を脅かす国際合意を尊重しない」ネオコンと、「世界に向かってアメリカの価値を広めよう」と国際主義の立場をとるウィルソン主義者。この二つの集団の奇妙な同盟が推進する単独行動主義路線を前に、世界では「必要なら軍事力を用いてでも自分の意思を他国に無理強いする民主主義の帝国」という対米イメージが高まりつつある。この事態に、大統領候補たちはどういう処方箋を示すだろうか。
民主党の若手の論客として知られるスザンヌ・ノッセルは「真にリベラルな国際主義ビジョンを」で、リベラル派は、この捻れを正し、「単独での軍事力行使路線を正当化しようと、人権や民主主義の促進というレトリックを民主党からハイジャックしている」共和党政権から国際主義を取り戻すように強く求めている。一方、共和党系の保守派リアリストとして知られるディミトリ・K・サイメスも「アメリカ帝国のジレンマ」(二五ページ~三八ページ)で、ブッシュ政権の外交政策は「世界を(民主)改革しようとするグローバルな社会工学の手段」と化しており、これではトロツキーの思想と大差ない、とアメリカ「帝国」批判を行っている。
ともにブッシュ政権のウィルソン主義者を批判しているが、その意図は全く違う。民主主義の価値を高く評価するノッセルは、ウィルソンの正統な後継者である民主党は、かつてルーズベルトが表明したような力強い国際主義ビジョン、民主的で開放的なビジョンを表明して、共和党のウィルソン主義者から国際主義と民主化促進策を取り戻すべきだと提言する。一方、民主主義という制度は他の政治制度に比べればいくぶんましな程度にすぎないと現実的にとらえるサイメスは、だからこそ、民主空間の拡大策に血道をあげる共和党内のウィルソン主義者は問題があると矛先を向ける。共和党が社会奉仕外交と切り捨てたはずのクリントン政権の国際的十字軍路線と、9・11以降のブッシュ政権の対外路線は大差がない、と。外交からウィルソン主義を取り除いて道徳色を取り払わない限り、アメリカ帝国は大英帝国と同じ末路をたどることになるとサイメスは警鐘を鳴らしている。
外交に道徳的価値を持ち込むべきかどうかは、二十世紀以来の大きな外交テーマだ。かつて冷戦の理論的支柱を構築した米外交官ジョージ・F・ケナンは、道徳外交を批判して、海外での出来事に道徳主義的立場から善悪の判断をつけると、とかく白黒をはっきりさせようとする力学が動き出すために、強硬路線や懲罰路線がとられがちで、その結果、目的と手段の間のバランスを失した「過大な関与」への道が開かれ、国力を逼迫させ、国益追求の基盤が損なわれることになると指摘した(注)。しかし冷戦は終わり、国境さえもが形骸化し、世界秩序は大きく変化している。グローバル化の分析を最近のテーマとする政治学者ジョセフ・ナイは、いまや米市民は特定の価値を海外で広めることも国益の一部に含まれると考えており、国益を「民主的」に定義すれば、道徳外交と国益外交の区別はつけにくくなると指摘している(「情報化時代の国益」)。
実際、グローバル化、アメリカのパワーの優位、そして9・11と対テロ戦争が織りなす複雑な世界における指導者の判断とは、「道徳外交か国益外交か、単独行動主義か国際協調か、あるいは、軍事路線か予防外交か」の明快な二者択一とはなり得ず、「どちらを思想的、政策的に重視するか」という判断にならざるを得ず、ニュアンスの問題となる。「米大統領選挙と外交論争」で、民主党のケリー候補が大統領選挙で勝利を手にするには、「自分もブッシュ同様にタフだが、彼とは違って国際協調をとりまとめる力もある」と表明すべきだとするレスリー・H・ゲルブ前米外交問題評議会会長の提言は、9・11以降の複雑な現実と思想状況を浮き彫りにしている。
旧共産主義地域に開かれた社会を定着させるための活動を続けている、世界的に有名な投資家ジョージ・ソロスは「ブッシュ政権は開かれた社会に対する脅威だ」のなかで、世界の現実とアメリカの役割について次のように語っている。「アメリカが類例のない責任と圧倒的な力を持つ国だということを忘れてはいけない。アメリカが世界のアジェンダを設定し、アメリカ以外の国々はそのアジェンダに反応する。他の国々に、米議会における議決権はなく、影響力を行使することはできない。だからこそ、アメリカの指導者は世界の繁栄について常に配慮しなければならない」●
注 ジョージ・F・ケナン著、近藤晋一、飯田藤次、有賀貞訳『アメリカ外交五〇年』、二〇〇〇年、岩波書店
(C) Foreign Affairs, Japan

一覧に戻る

論文データベース

カスタマーサービス

平日10:00〜17:00

  • FAX03-5815-7153
  • general@foreignaffairsj.co.jp

Page Top