フォーリン・アフェアーズ・リポート2021年6月号 目次
グローバル経済のニューノーマル
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データ量が経済とイノベーションを左右する
―― データアクセスとプライバシーの間雑誌掲載論文
持続的な生産性の優位は国がアクセスできるデータの量に左右され始めている。自律走行車であれ、人工知能であれ、膨大な量のデータがイノベーションを左右するからだ。専門家が言うように「大量のデータにアクセスできる優秀な科学者は、一定量のデータにしかアクセスできないスーパーサイエンティストに勝る」。一方、データを管理する国際的な枠組みがなければ、市民のプライバシーが脅かされる。データが国境を越えて移動することを認めるのなら、政府は、どうやって自国民のプライバシーを保護できるのか。データはイノベーションを推進し、経済パワーを生み出し、国家安全保障にも関わってくる。アメリカを含む民主諸国は、テクノ権威主義モデルに対抗するためにも、データの潜在能力を引き出せる新しい国際枠組みを構築する必要がある。
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パンデミック後の世界経済
―― 新興国が経済成長を主導する雑誌掲載論文
新興国経済が今後の世界経済の成長を牽引すると考える理由は数多くある。先進国政府が、(パンデミックによる)経済の痛みを和らげようと、大規模な財政出動に資金を投入しつつも、その帰結を無視するか、説明をはぐらかしてきたのに対して、途上国は生産性向上に向けた改革を実施せざるを得ない状況に追い込まれた。経済成長をコモディティ輸出に依存している途上国にとっては、資源価格がすでに上昇に転じていることも良い知らせだろう。しかも、デジタル技術で構築されたインターネットビジネスは先進国よりも途上国でより急速な広がりをみせている。2020年末以降、世界の投資家はすでに新興市場に戻りつつある。今後10年間で新興国の平均成長率が1%でも上昇すれば、現在は1日2ドル未満の生活を余儀なくされている人々の2億人が貧困ライン以下の生活から脱出することになる。
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民主国家テクノフォーラムの形成を
―― 民主国家のデジタル協調に向けてSubscribers Only 公開論文
民主国家のテクノロジー問題へのアプローチは、その場しのぎで調整が不十分だったし、これまで、その多くをテクノロジー専門家の判断に委ねてきた。実際、テクノロジーが世界を大きく変えつつあることを認識しつつも、民主国家の指導者たちは、その流れをいかに管理していくかについては奇妙にも協調を欠いてきた。だが、そのインパクトと重要性から考えて、テクノロジーへのアプローチを技術者に任せ続けるのは問題がある。明確な技術開発戦略をもつ中国は、顔認識、音声認識、5Gテクノロジー、デジタル決済、量子通信、商用ドローン市場など、さまざまな技術分野でアメリカを抜き去っている。いまや(民主的)価値を共有する国々が協調して対応策をとるための包括的なテクノロジーフォーラムを立ち上げる必要がある。
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人工知能への備えはできているか
―― うまく利用できるか、支配されるかSubscribers Only 公開論文
AIは良くもあり、悪くもある。賢いが、鈍い部分もある。文明の救世主であるとともに、世界の破壊者でもある。実際、どのようにして決断を導き出しているか分からないし、それを人間が解明することもできない。特に、汎用人工知能(AGI)については、「独自に進化し、人間が管理できなくなるのではないか」と懸念され、特定型AIについても「デザイナー(である人間)がその意図を完全に伝えられず、壊滅的な結果が引き起こされるのではないか」と心配されている。一方で、AGIのことを心配するのは、火星が人口過剰になることを心配するようなもので、先ず、(AGIに関して)想定されていることが実現する必要があると主張する専門家もいる。イノベーションの進化ペースをどの程度「警戒」し、(機械のメカニズムに関する)説明の「正確さ」をどこまで求め、(個人データを利用することによる)パフォーマンス強化と「プライバシー」のバランスをどこに求めるか。社会がこれらのバランスをどうみなすかで、人間がAIとどのような関係を築いていくかが左右される。
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コロナ後の経済再建を考える
―― 債務増でも積極財政をとるべき理由Subscribers Only 公開論文
2009年と比べて今回は財政政策上より多くの手を打てる。グローバル金融危機後の2009年1月におけるアメリカの債務残高が国内総生産(GDP)の50%未満だったのに対して、パンデミックを経たバイデンの大統領就任時には債務がGDPの100%におそらく達していることを考慮すれば、この見方は間違っているようにも思えるかもしれない。だが、かつてと現在では金利に違いがある。2009年1月の段階で10年国債の実質金利はおよそ2%だったが、2021年1月のそれはマイナス1%程度になる。現在の公的債務がかつて以上に大きいとしても、キャリーコスト(持ち越し費用)は少なくて済む。バイデンがキャンペーンで約束してきた政策を実施すれば、回復は加速する。景気サイクルだけでなく、ワクチンも追い風を作り出すと期待したい。
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パンデミック後の資本主義
―― 官民協調型の経済システムの模索Subscribers Only 公開論文
多くの人が、民間部門がイノベーションと価値創造の主要な原動力だったと信じてきたために、利益は民間企業が手にする権利があると考えている。だがこれは真実ではない。医薬品、インターネット、ナノテク、原子力、再生可能エネルギーなど、これらのすべては政府の膨大な投資とリスクテイキングのおかげで実現してきた。イノベーションのために公的資金を投入しつつも、それから恩恵を引き出してきたのは、おもに企業とその投資家たちだった。COVID19危機は、この不均衡を正す機会を提供している。ベイルアウトする企業により公益のために行動するように求め、これまで民間(の企業)部門だけが手にしてきた成功を納税者が分かち合えるようにする新しい経済構造が必要だ。富の創造への公的資金の貢献を明確に理解すれば、公的投資の意味合いを変化させることができる。目の前にある課題は、よりすぐれた経済システム、よりインクルーシブで持続可能な経済を官民で形作ることであり、世界の誰もがCOVID19ワクチンを利用できるようにすることでなければならない。
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「マジックマネー」の時代
―― 終わりなき歳出で経済崩壊を阻止できるのかSubscribers Only 公開論文
今日、アメリカを含む先進国は、双子のショックの第二波としてパンデミックを経験している。2008年のグローバル金融危機、グローバルパンデミックのどちらか一つでも、各国政府は思うままに紙幣を刷り増し、借り入れを増やしたかもしれない。だが、これら二つの危機が波状的に重なることで、国の歳出能力そのものが塗り替えられつつある。これを「マジックマネー」の時代と呼ぶこともできる。「しかし、インフレになったらどうするのか。なぜインフレにならなくなったのか、そのサイクルはいつ戻ってくるのか」。この疑問については誰も確信ある答えを出せずにいる。例えば、不条理なまでに落ち込んでいるエネルギーコストの急騰が、インフレの引き金を引くのかもしれない。しかし・・・
Current Issues
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シリア化するミャンマー
―― 東アジアにおける破綻国家の誕生か雑誌掲載論文
軍隊と民衆間の分裂を修復するのはもはや不可能だと多くの人はみている。現在の残虐行為を前に、多数派であるビルマ族も、ミャンマー軍が何十年にもわたって国内の少数民族を対象に暴力と不正を繰り返してきたことの意味合いについて覚醒しつつある。こうしてもたらされる民族間の連帯が、永続的な平和と和解の基盤を提供できるかもしれず、これをベースにより力強い民族間対話の枠組みを立ち上げるべきだろう。中国、インド、タイ、その他の周辺諸国は、移民や難民の受け入れを求める圧力にさらされ、ミャンマーとの国境地帯が無法化し、暴力と絶望が社会に蔓延する事態に備えざるを得なくなるだろう。ミャンマーが経験しているのはいつもながらの民主主義からの後退ではない。いまやアジアの重要地域で破綻国家がゆっくりと誕生しつつある。
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チベットという名の監獄
―― 第2の新疆ウイグルか雑誌掲載論文
2008年、ダライ・ラマの亡命50年の節目を前に、一連の大規模な抗議デモが起きた。このデモの背景には、北京がチベット文化を弱め、チベット仏教の力を弱めようとすることに対する怒りだけでなく、尊敬されているダライ・ラマが亡命先で死去して、北京がその後継者を指名してチベット仏教を乗っ取るのではないかという不安があった。チベットの緊張が近く再び山場を迎える恐れがある。85歳のダライ・ラマが命の終わりに近づいているかもしれないからだ。すでに北京は、中国共産党が次のダライ・ラマ指名プロセスを管理すると発表している。このような異例の措置をとれば、新たなチベット騒乱をもたらす導火線に間違いなく火をつけることになる。
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インド変異株の悪夢
―― 変異株と政治災害が引き起こしたインドの悲劇雑誌掲載論文
世界における新規コロナ感染の三つに一つがいまやインドで起きている。だが、こうなる必然性はなかった。狼狽、間違い、奢りを通じて黙示録的世界を招き入れたのはモディ政権に他ならない。「国内のコロナを抑え込み、いまや世界のパンデミックを終わらせるのを助ける立場にある」と対外的に表明した彼の強気が裏目に出た。人々はマスクを外し、ソーシャルディスタンスのガイドラインを無視し始めた。保健担当大臣が偽医療を公的に紹介しただけでなく、ヒンドゥー教の大規模な宗教的祝祭(クンブメーラ)のために(ウッタラカンド州にある聖地ハリドワールへの)巡礼を認めたことでも政府は感染を拡大させてしまった。しかも、二つの変異株の特徴を有するB・1・617変異株が定着しつつあることを認識しつつも、この新しい敵を理解しようと政府が力を入れることはなかった。・・・
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中ロ離間戦略を
―― 対ロエンゲージメントのポテンシャル雑誌掲載論文
中国とロシアの利益の重なり合い、軍事力その他の分野での相互補完性は、アメリカのパワーに対する両国の脅威をたんなる足し算以上に大きくしている。中国は、ロシアとの関係を利用して軍事力のギャップを埋め、技術革新を加速し、アメリカのグローバルリーダーシップを切り崩そうとしている。一方、国際社会で周辺化されていくことを警戒するモスクワは、アメリカがロシアと交渉せざるを得ないと考える環境を作り出そうと考え、北京との関係をそれを強化するための手段とみているようだ。例えば、中国に洗練された兵器を販売することで、モスクワはそうした関係の構築を模索してきた。ワシントンは関係の強化へと両国を向かわせるような行動を避けつつ、中ロの接近と協調をいかに制約するかをクリエーティブに考える必要がある。
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アンゲラ・メルケルとその時代
―― その功罪を検証する雑誌掲載論文
2005年以降、ドイツの首相を務め、2021年に政界からの引退を表明しているアンゲラ・メルケルは、いまもドイツでもっとも人気のある政治家だ。しかし、政府の新型コロナウイルス対策への世論の不満が高まるにつれて、政権の支持率は急落している。忍び寄るメルケル時代の終焉は、後継候補が気にするだけにとどまらない重要な問いを浮上させている。それにしても彼女は権力をどのように形作ったのか、それは再現できるのか。メルケルはドイツ、近隣諸国、同盟国の環境をよりよいものに進化させられただろうか。そして未来に向けてドイツを備えさせているだろうか。現実には、連邦議会選挙を数カ月後に控えた今なお、メルケルの後継候補が誰になるかはっきりしない。・・・
中国の経済パワーと対外戦略
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中国の空虚な地政学戦略
―― 友人も影響力も得られない雑誌掲載論文
貿易交流や一帯一路を通じた融資、ワクチンやマスクの供与など、中国は経済力をツールに地政学的影響力を高めているとみなされている。債務トラップ外交で相手国に過大な債務を負わせて自国の影響力を高め、言うことを聞かぬ相手は経済的強制策で締め上げる。多くの専門家がこの事態を懸念している。だが中国のパフォーマンスは、考えられているほど見事ではない。経済的影響力を用いた戦略的試みはしばしば抵抗に遭遇している。中国の融資や投資受け入れ国は中国企業の手抜き工事、見積もりに収まらぬコストの肥大化、環境の悪化に不満を募らせている。北京の高官たちは、融資によって経済開発が進めば、受け入れ国は中国に感謝し、好感情をもつようになると考えているかもしれない。しかし、この認識が間違っていると信じるべき理由がある。・・・
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「台湾と中国」というアメリカ問題
―― 台頭する新興国と衰退する超大国雑誌掲載論文
ワシントンは慎重なアジア政策をとっていると考えられているが、実際には、環境が変化していることを考慮せずに、既存のコミットメントを維持している。かつてのようなパワーをもっていない大国が、現状を無理に維持しようと試みれば、非常に危険な賭けに打って出る恐れがある。もちろん、東アジアの同盟関係へのコミットメントは維持すべきだが、台湾を含む南シナ海地域への関与路線は見直すべきだろう。アメリカのパワーが低下しているのなら、最善の選択肢はコミットメントを減らすことかもしれない。これは、南シナ海において中国がより多くの影響力をもつことを認め、台湾を手放し、もはや東アジア地域における支配的なパワーではないことをワシントンが受け入れることを意味する。・・・
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一帯一路が作り出した混乱
―― 誰も分からない「世紀のプロジェクト」の実像Subscribers Only 公開論文
一帯一路(BRI)はうまく進展せず、現地での反発に遭遇している。一部の専門家が言うように、この構想は莫大なローンを相手国に抱え込ませ、中国の言いなりにならざるを得ない状況に陥れる「借金漬け外交」のツール、「略奪的融資」なのか。問題は、北京を含めて、BRIが何であるかを分かっているものが誰もいないことだ。中国政府が構想の定義を示したことは一度もなく、認可されたBRIの参加国リストを発表したこともない。このために民間の企業や投資家がこの曖昧な状況につけ込み、自らのプロジェクトを促進するためにBRIを自称し、これによって混乱が作り出され、反中感情が高まっている部分がある。中国内の機を見るに敏な日和見主義者たちが、この構想を自己顕示欲や立身出世のために利用し、それがグローバルな帰結を引き起こしている。・・・
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一帯一路戦略の挫折
―― 拡大する融資と影響力の不均衡Subscribers Only 公開論文
中国はグローバルな開発金融部門で支配的な地位をすでに確立している。だがこれは、欧米の開発融資機関が、融資を基に進められるプロジェクトが経済・社会・環境に与えるダメージについての厳格な安全基準の受け入れを相手国に求める一方で、中国が外交的影響力を拡大しようと、その間隙を縫って開発融資を増大させた結果に過ぎない。しかも、中国が融資したプロジェクトの多くは、まともな結果を残せてない。すでに一帯一路構想に基づく最大規模の融資の受け手であるアジア諸国の多くは、戦略的にインド、日本、アメリカと再び手を組む路線へシフトしつつある。・・・
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米台湾戦略の明確化を
―― 有事介入策の表明で対中抑止力をSubscribers Only 公開論文
台湾有事にアメリカの介入があるかないか。これを曖昧にするこれまでの戦略では抑止力は形作れない。むしろ、「台湾に対する中国のいかなる武力行使に対しても、ワシントンは対抗措置をとる」と明言すべきだ。「一つの中国政策」から逸脱せず、米中関係へのリスクを最小限に抑えつつ、この戦略見直しを遂行できる。むしろ、有事介入策の表明は、抑止力を高め、米中衝突の危険がもっとも高い台湾海峡での戦争リスクを低下させることで、長期的には米中関係を強化することになる。アメリカが台湾の防衛に駆けつける必要がないようにする最善の方法は、中国にそうする準備ができていると伝えることだ。
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アジアにおける戦争を防ぐには
―― 米抑止力の形骸化と中国の誤算リスクSubscribers Only 公開論文
中国の積極性の高まりと軍備増強、一方での米抑止力の後退が重なり合うことで、米中戦争がアジアで起きるリスクはこの数十年で最大限に高まっており、しかもそのリスクは拡大し続けている。アメリカを衰退途上の国家だと確信し、すでに抑止力は空洞化しているとみなせば、北京は状況を見誤って台湾を封鎖あるいは攻撃する恐れがある。早い段階で台湾に侵攻して既成事実を作り、ワシントンがそれを受け入れざるを得ない状況を作るべきだと北京は考えているかもしれない。要するに、北京はワシントンの決意と能力を疑っている。こうして誤算が起きるリスク、つまり、抑止状況が崩れ、2つの核保有国間で紛争が起きる危険が高まっている。
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イスラエルとハマスそして自治政府
―― それぞれの政治、すれ違う思惑雑誌掲載論文
ハマスはパレスチナ人社会での自分たちの地位をもっと引き上げたいと考え、イスラエルは、市民に対するハマスの攻撃に対する抑止力を再確立したいと望んでいる。だが双方とも、ワシントンが二国家解決を仲介することには関心がない。ハマスは「イスラエルのいない一国解決策」にこだわっている。ネタニヤフは「ガザをハマスが支配し、西岸をパレスチナ自治政府が統治する三国家解決策」にコミットしている。バイデン政権は・・・東エルサレムからのパレスチナ人の立ち退きや家屋解体をイスラエルに止めるように求め、アッバス自治政府議長に(無期限の延期としている)選挙の日程を定めるように求めるべきだろう。バイデン政権は、この危機から抜け出すためにも、二国家解決策への関係勢力の信頼と希望を再構築する必要がある。