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に関する論文

<レビュー・エッセー> ユーロペシミズムへの回帰?

1997年3月号

スタンレー・ホフマン ハーバード大学教授

「EUを、ヨーロッパ大陸を苛んでいるすべての問題に対する解決策とみなしている者は誰もいないが、それでもそれが主要な問題のいくつかの解決策であることに変わりはない。多くはヘルムート・コール、ジョン・メージャー、アラン・ジュペ、ジャック・サンテール(現欧州委員会委員長)の後に、どのような人物がリーダーシップを発揮するかにかかっている。・・・結局のところ歴史のコースに影響を与え得るのはリーダーシップと状況の推移なのである」

<レビュー・エッセイ> 人道援助活動の虚像と実像

1997年3月号

デイビッド・リーフ  ジャーナリスト

人道援助活動家たちの純粋な気持ちからの活動は賞賛に値するものだが、援助をめぐる「聖人伝」的な意図とそれに必要とされる資金力の間にギャップが存在するために、とかく資金調達の思惑がらみで、現地での悲惨さが誇張されたり、哀れを誘う子どもたちの写真が利用されている。さらに、「人道援助団体が軍事的介入を求めがちである」ことは、国際政治状況のなかでももっとも憂慮すべき事態である。「人々が苦しみ死んでいる地域にいる救援活動家たちを守るために軍隊を投入すべきだという考えは、結局は、より多くのソマリアのような事態を招き、解体した国家をG7諸国が軍事的に引き継ぐことを意味するだけだ」。おそらく現代の人道主義の本当の課題は、その能力の限界をわきまえ、資金調達のしがらみをいかに克服してその中立性を維持するかにあるだろう。

EMUは政治統合を促進する

1997年3月号

ピーター・サザーランド 前欧州委員会委員長

EUの大多数の諸国にとって、「通貨同盟の究極の合理的根拠とは、それがより大きなヨーロッパ統合形成の政治的戦略に寄与するという点にある」。ヨーロッパ諸国の政府が通貨統合を目指しているのは、その政治的決意を示すためなのだ。EMUへの参加資格をもっているかどうかを決定する際、EUは、通貨同盟が生き残るチャンスがもっとも高くなるように考慮してマーストリヒト基準を(柔軟に)適用することになるだろう。つまり、最終的な決着は「政治判断」によってなされ、最終決定が一九九七年末までに達成された経済指標の数値にもとづいてなされることはないだろう。どの加盟国が通貨同盟の将来的義務を果たせると見込めるか、つまり、より大きなヨーロッパ統合形成の政治的戦略に寄与できるか、これこそが判断基準になるはずだ。

ゴールドハーゲン論争

1997年2月号

フリッツ・スターン コロンビア大学歴史学教授

「ユダヤ人に苦しみや死を与えることへのドイツ人の忠誠は、上からの強制されたものではなかった。それは、ドイツ人の内側、自己のもっとも深い部分の発露だった」。ハーバード大学の政治学者・ゴールドハーゲンのこの見解は、大西洋の両岸で大きなセンセーションを巻き起こしている。だがゴールドハーゲンは、ユダヤ人に対するドイツ人の敵対的な「認知モデル」、「民族抹殺論的思考様式」という彼の「オリジナルな理論」を実証しようと、それに符合するような歴史的事例を寄せ集めただけで、全体的な歴史的文脈を完全に無視している。われわれは、粗野な感情と道徳的無関心の高まりが、第一次世界大戦期のヨーロッパで考えられぬほどの広がりをみせ、第二次世界大戦期にピークに達したことを思い起こすべきだし、そこにユダヤ人を助けようとしたドイツ人がいたことも忘れてはならない。ホロコーストは人道にもとる組織的蛮行がまかり通ったひどく長い夜に起きたいまわしい出来事であり、そのすべてをドイツ人の「認識モデル」や「思考様式」に帰することなどできない。

ニューライトの知識人たち

1997年2月号

ヤコブ・ハイルブラン  『ニューリパブリック』誌副編集長

ホロコースト、ナチス・ドイツという大きな歴史の重荷を背負い、占領期にアメリカの多文化主義の洗礼を受け、何事にも罪悪史観にとらわれ控えめに徹してきた旧西ドイツ、そしていまや統一を果たし、事実上ヨーロッパの覇権国家となった統一ドイツ。自らが現実に手にしている力と、控えめな自己認識の隔たりのなかで、その乖離に目を向けようとしない政治家をよそに、ニューライトの知識人たちが積極的な発言を行ないだし、文化と歴史の継続性をめぐって大きな論争が起きている。「歴史の正常化」とは何を意味するのか。ニューライトたちの本当の狙いは何なのか。だが、「ニューライトの思想を前にして何もパニックに陥ることはない。それは、ドイツにおける一九八九年以後の自然の成り行きと考えることも可能だろう。おそらくドイツ人たちはナショナリズムという悪魔を追い払うためにも、それを抑え込むのではなく、むしろ一度表へと引きずり出すべきなのかもしれない」。

持続的成長と市民の政治参加

1997年1月号

マイケル・ペティス コロンビア大学準教授

ワシントン・コンセンサスを重視する国際的バンカーたちは、「市場経済路線こそ長期的成長をもたらすと主張し、所得の不平等に短期的に目をつむることついてはあまりに寛容な立場を依然としてとりつづけている」。グローバルな過剰流動性の流れのなかで、市場経済を重視する政治リーダー率いるラテンアメリカ諸国に大規模な資金が流れ込み、一時的に急速な経済成長が起きたとしても、経済ブームの後には、政治指導層だけでなく、改革路線に対する反発が起こるだけである。過剰流動性を背景とする成長を「ワシントン・コンセンサスの成功と混同するのは愚かである」。大衆の政治への真の参加が実現されていない状態で、経済成長が貧困層の助けになったケースはこれまでほとんど存在しないのだから。

保護主義か、金融市場の規制か?

1997年1月号

ウィル・ハットン  オブザーバー紙・エディター

通貨市場の混乱やそれが引き起こす高金利に象徴されるような不確実性は、投資にとって疫病神のような存在である。そして、これらの不確実性がもたらす失業を減らしたり、さらには財政拡大を通じて保護主義圧力を軽減したりという試みに素早く懲罰を加えるのも、(これらの諸問題を作り出した張本人である)通貨市場である。自由貿易を維持しつつ、この悪循環を断ちきり、なおかつ世界の成長を再び燃え立たせるには、「金融市場を規制してそのスピードと力を削減する必要がある」。低い実質金利、長期的視野に立った投資、投機の減少、そして、実質投資と成長の増大を目的に、ドル、円、マルクの価値を安定的に維持することを中軸とする新たなブレトンウッズ体制を構築し、金融市場を規制する新たな枠組みをただちに導入する必要がある。さもなければ、「外貨を稼ぐのが重要なら、さっさと輸入を制限しろ」という悪魔のささやきが再び世界を席巻してしまうだろう。

優先すべきは「独仏通貨統合」

1997年1月号

リチャード・メドレー  イエール大学国際金融研究所副所長

ドイツはともかく、フランスがマーストリヒトで定められた通貨統合の加盟基準を目標日までにクリアできる可能性は低い。だが、基準をねじ曲げてフランスの参加を強引に認めれば、ヨーロッパは政治的・経済的な大混乱に陥るかもしれない。基準を曖昧にすれば、参加資格のない国々までがドサクサ紛れに統合へ参加する道を開いて通貨統合への政治的反対派勢力を勢いづけ、さらに、金融資本家たちが一斉にヨーロッパ債券を売り、出口に殺到する危険があるからだ。こうしたシナリオを回避するのに必要なのは、今回もヘルムート・コールのリーダーシップによる英断、つまり、「コール・ショック」である。「ある気持ちのよい土曜日の朝に、ドイツ・マルクとフランス・フランを永久的にリンクさせると発表する」ことで、独仏通貨統合をミニEMUとして既成事実としてしまうことだ。

欧州通貨統合という悪しき幻想

1997年1月号

ルディ・ドーンブッシュ
マサチューセッツ工科大学経済学教授

ヨーロッパ通貨統合が伴う最大のコストとは、為替変動がなくなると同時に、その調整機能も消滅してしまうことだ。為替レートの変動を通じた競争力や価格面での調節機能を放棄すれば、結局は、その帳尻合わせを労働市場に押しつけることになる。そうでなくても福祉国家のいきづまりときわめて深刻な失業問題を抱えるヨーロッパの労働市場にツケが回れば、結局は高金利と高い失業率を招き、問題は経済にとどまらず政治領域に拡大していく。「アメリカは通貨統合を懸念している。その理由は、通貨統合がリセッションを伴う危険を秘め政治的問題を招くために、過去の例と同じく世界の他の地域に高いコストを強いると考えられるからだ」。欧州通貨統合は悪質で危険な幻想である。

バーチャル国家の台頭

1996年10月号

リチャード・ローズクランス カリフォルニア大学政治学教授

いまでは「土地、資源、原材料という生産要素よりも、良質な労働力、資本、情報」をもっぱら重視する、「頭だけをもち体をもたない」ダウンサイズされたバーチャル企業とバーチャル国家が誕生しつつある。 領土獲得を目的とする侵略戦争はその意味も必然性も失いつつある。バーチャル企業は他の企業の生産施設を必要とし、バーチャル国家は他国の生産能力を必要とする。その結果、国家間の経済関係は、「特定地域にある頭と、別の地域にある体を結びつける神経のようなもの」になっている。こうした流れは国内政治と国際関係にどのような影響を与えるのだろうか?

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