ゴールドハーゲン論争
1997年2月号
「ユダヤ人に苦しみや死を与えることへのドイツ人の忠誠は、上からの強制されたものではなかった。それは、ドイツ人の内側、自己のもっとも深い部分の発露だった」。ハーバード大学の政治学者・ゴールドハーゲンのこの見解は、大西洋の両岸で大きなセンセーションを巻き起こしている。だがゴールドハーゲンは、ユダヤ人に対するドイツ人の敵対的な「認知モデル」、「民族抹殺論的思考様式」という彼の「オリジナルな理論」を実証しようと、それに符合するような歴史的事例を寄せ集めただけで、全体的な歴史的文脈を完全に無視している。われわれは、粗野な感情と道徳的無関心の高まりが、第一次世界大戦期のヨーロッパで考えられぬほどの広がりをみせ、第二次世界大戦期にピークに達したことを思い起こすべきだし、そこにユダヤ人を助けようとしたドイツ人がいたことも忘れてはならない。ホロコーストは人道にもとる組織的蛮行がまかり通ったひどく長い夜に起きたいまわしい出来事であり、そのすべてをドイツ人の「認識モデル」や「思考様式」に帰することなどできない。