ヒラリー・クリントンのフェミニスト外交
―― ドクトリンと現実の間
A Feminist Foreign Policy
―― Hillary Clinton's Hard Choices
2016年5月号掲載論文
(大統領夫人、そして国務長官としての)ヒラリー・クリントンは、女性の運命が社会のそれと切っても切れない関係にあること、女性の虐待がしばしば独裁体制や戦争の前兆となること、そしてアメリカの国家安全保障が各国の女性の健全な生活が保障されることで強化されると主張し、これを外交アジェンダの一部に位置づけることに成功した。だが、一部の社会では性差別と家父長制が深く根を張っており、外国の指導者たちが迅速に変革に応じるのは難しいことも彼女は理解している。女性の権利問題を、小さなイニシアチブから、米政府全体が真剣に受け止める政策課題へと「格上げ」した最大の功労者であるクリントンは今、大統領の座を狙い、その大義をさらに推進できる大きなパワーを手にしようとしている。しかし、この試みが実を結ぶには時間がかかるし、女性問題だけが彼女が重視するアジェンダではないことは理解する必要があるだろう。
- 女性と米外交(一部公開)
- 女性問題と安全保障のリンク
- 文化的障害にどう対処したか
<女性と米外交>
弁護士としてのヒラリー・クリントンのキャリアが、初めてメディアの大きな注目を浴びたのは1992年。夫であるビル・クリントンが米大統領選に出馬したときだった。弁護士をやめて(専業主婦となり)家でクッキーを焼くべきなのかと彼女は思い悩んだ。当時のファーストレディで、専業主婦のバーバラ・ブッシュとの間で、「クッキーレシピ対決」が繰り広げられる騒ぎになったが、勝利を収めたのは、アーカンソー州知事夫人だった。
18年後、クリントンはバラク・オバマ政権の国務長官として、世界1億人の貧困女性の台所に、エネルギー効率がよく、環境に優しいコンロを設置する野心的な試みを推進した。「汚染度の高いコンロを新型のものに置き換えれば、数多くの人の命を救い、その生活を改善できる」
女性に対する固定観念を克服して成功したにもかかわらず、他の女性の手助けをしない者もいるが、クリントンは違う。公人として長年、性差別に何度も直面してきた彼女は、政治家としての自分の地位と影響力を利用して、アメリカと世界の女性の機会を拡大することに、これまでも並々ならぬ意欲を示してきた。
ここに取り上げる『ヒラリー・ドクトリン――女性とアメリカの外交政策(The Hillary Doctrine: Sex and American Foreign Policy)』は、国務長官時代(2009―13年)のクリントンによる女性の地位向上の試みを詳細に検証している。
著者のバレリー・ハドソン(テキサスA&M大学教授)とパトリシア・リーデル(広報専門家)は、「クリントンは女性の地位向上と国家安全保障の間にはつながりがあるとみなし、その見解を政府内に定着させることで、女性問題をアメリカの外交アジェンダの中心に位置づけることに成功した」と賞賛する。
しかしクリントンの仕事はまだ終わっていない。性差別問題へのワシントンの政策アプローチを変貌させたのは事実だが、彼女の影響力、政治的洞察力、そして女性の地位向上への熱意も外国ではごく控えめな変化しかもたらせていない。これは、アメリカの官僚制度が依然として硬直的であること、そして外国政府がこのアジェンダに反発するか、無関心であるためだ。
もっとも難しかったのは、女性の権利向上を強く求めるべき相手と、強い要求が逆効果になる相手を見極めるという側面にあったのかもしれない。アメリカの同盟国の一部はこうした要求に反発し、その余波がアメリカとの政治・経済関係にさえ及んだ。クリントンはこうした現状を踏まえて「女性の地位向上のチャンスを探りつつも、他国の国益を脅かしそうな場合は、女性問題の主張を控えてきた」とハドソンとリーデルは指摘し、そうした難しい舵取りをしてきたクリントンを高く評価している。もっとも、クリントンが国務長官を退任してからまだ日が浅いのに、彼女が女性の地位向上に与えた影響を測ろうとするのは、時期尚早かもしれない。しかし、ハドソンとリーデルの鋭い分析は、他の研究者たちが将来、アメリカの外交政策における比較的新しい領域である「女性の地位向上」の成果を測る有用な基準を提供しているとみなせるだろう。
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