ソビエト対外行動の源泉(X論文)
The Sources of Soviet Conduct
2012年1月号掲載論文
冷戦の理論的支柱を提供した文書としては、ポール・ニッツが中心となってまとめた1950年の「NSC68」、トルーマン政権の大統領特別顧問クラーク・クリフォードによる1946年の「クリフォード・メモランダム」、そして、ジョージ・ケナンの「ソビエト対外行動の源泉」が有名である。前者二つが政府文書であるのに対し、「ソビエト対外行動の源泉」は「フォーリン・アフェアーズ」誌の1947年7月号に名を伏せて「X論文」として掲載された。
この論文の著者、ジョージ・ケナン(1904-2005)は、1925年に国務省に入省し、ジュネーブやプラハなどヨーロッパ各地を転任した後、1933年モスクワに駐在し、以来ソ連通としてキャリアを重ねていく。1947年に新設された国務省政策企画部の初代部長、1952年から1953年にかけて駐ソ大使を務めるなど、アメリカ冷戦外交の重責を担う。その後1961年にはユーゴスラビア大使となり、1963年に国務省から退く。その後、プリンストン高等研究所で歴史の研究に従事した。
この論文の原形は、ケナンが1946年にモスクワから打電した「モスクワからの長文の電報」である。電文で示されたケナンの対ソ認識に感銘したジェームズ・フォレスタル海軍長官の推薦で、ケナンは1947年1月に外交問題評議会の研究会でソビエト分析についての報告を行う。講演内容を興味深く感じた「フォーリン・アフェアーズ」誌の編集長ハミルトン・フィッシュ・アームストロングが、「政府の一役人にすぎないから」としり込みするケナンを説得し、「X」という名で「フォーリン・アフェアーズ」に発表させたのがこの論文である。掲載された論文はわずか17ページだったが、以後半世紀にわたってアメリカの対外政策を方向付け、「封じ込め」という語は政治用語のひとつにさえなった。
政府部内の冷戦コンセンサスの形成には、先のクリフォード・メモ、「モスクワからの長文の電報」、「NSC68」が大きな役割を果たしたのに対し、政策決定サークルを超えた「良識ある大衆」への啓蒙を諮ったのが、X論文だった。ソ連との協調という甘い期待を抱くのではなく、ソ連の拡張主義を封じ込めていく必要があるという主張は、「フォーリン・アフェアーズ」誌に掲載されたことで、広くアメリカの知識人層に影響を与えていく。歴史家のロバート・シュルジンガーは、「X論文」を、「現代史上、もっとも引用され、影響力があり、そして誤解された論文の中のひとつ」と述べている*。(竹下興喜)
*Robert D. Schulzinger, The Wise Men of Foreign Affairs, p.123 (Columbia University Press, New York), 1984
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われわれが現在目の当たりにしているソビエトの権力に特有な政治的特質は、イデオロギーと環境によって形作られている。より具体的には、それは、現在のソビエト指導者の政治活動のきっかけとなった運動に根ざすイデオロギー、そしてほぼ30年にわたって彼らが権力を行使してきた環境によって規定されている。ソビエト政府がその行動を決定する際に、これら二つの力がいかに相互作用し、どのような関係に位置づけられるかをわれわれが見極めるのは、きわめて高度な心理学的分析になる。だが、ソビエトの行動を理解し、うまく対抗していくには、そうした分析が不可欠だろう。
ソビエトの指導者たちは、一連のイデオロギー概念を掲げて権力を掌握したが、これらの概念を手短にまとめるのは難しい。というのも、マルクスのイデオロギーは、ロシア共産党がそれを現実に運用する段階で微妙に変化し続けたからだ。イデオロギーの概念変化を促した要因は数多く、しかも複雑だ。とはいえ、1916年における共産主義思想の際立った特徴は、おそらく次のように要約できる。
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