クリーンエネルギーの研究・開発、実証実験を多国間で進めよ
Globalizing the Energy Revolution ―― How to Really Win the Clean-Energy Race
2011年11月号掲載論文
現状では、クリーンエネルギーはほぼいかなるケースにおいても化石燃料エネルギーよりもコストがかかる。例えば、中国では原子力発電は石炭よりも15〜70%も高く、陸上風力発電は石炭の2〜4倍、太陽光発電は5倍以上のコストがかかる。(莫大なコストを要する)クリーンエネルギー導入の資金リスクを減らし、価格が現在よりも安く、経済性のあるものにならない限り、クリーンエネルギー促進政策が、必要とされる規模とペースで進展することはあり得ない。経済性を高めて、コストを下げるには、クリーンエネルギーの世界市場を何としても誕生させる必要がある。だが、クリーンエネルギーへの投資が国家の競争力を高めることを目的とするゼロサム・ゲームと認識されている限り、国家は障壁をめぐらそうとし、世界市場は出現しない。各国の試行錯誤を緊密に連携させ、他国の成果の上に研究を積み重ねられるようにして、市場の形成と拡大を目指すべきだ。
- クリーンエネルギー促進に向けた政府によるインセンティブを
- 絶対的な投資不足
- 中国、インド、ブラジルの取り組み
- 市場と技術開発を結びつける政府の役割
- 技術革新、知的所有権、グリーン保護主義
- 中国の重商主義路線
- クリーンエネルギー開発の多国間協調を
- ともに勝者になるには
<クリーンエネルギー促進に向けた政府によるインセンティブを>
世界はエネルギー領域での非常に大きな課題に直面している。石油はいまもグローバル経済に不可欠な資源だが、商業、環境、地政学上の大きなリスクを抱える地域での生産比率がますます大きくなっているし、(石油を燃焼させることで)温室効果ガスが大気中に拡散・蓄積され、世界が破滅的な気候変動に直面する危険をますます高めてしまう。しかも、これらの問題はグローバルなエネルギー需要が増大するにつれて、悪化の一途をたどっていく。
これまでも、環境保護論者と安全保障問題のタカ派は、既存の代替エネルギーの利用促進を義務づけるか、あるいは使用促進に向けたインセンティブを高めることで、これらの問題を緩和するように政府に働きかけてきた。しかし、政治的現実からみれば、これらが実現する見込みは低い。(莫大なコストを要する)クリーンエネルギー導入の資金リスクを減らし、価格が現在よりも安く、経済性に富むものにならない限り、クリーンエネルギー促進策が必要とされる規模とペースで進展することはないだろうし、特に途上国ではそうだろう。世界はエネルギー領域での非常に大きな課題に直面している。石油はいまもグローバル経済に不可欠な資源だが、商業、環境、地政学上の大きなリスクを抱える地域での生産比率がますます大きくなっているし、(石油を燃焼させることで)温室効果ガスが大気中に拡散・蓄積され、世界が破滅的な気候変動に直面する危険をますます高めてしまう。しかも、これらの問題はグローバルなエネルギー需要が増大するにつれて、悪化の一途をたどっていく。
逆に言えば、安価なクリーンエネルギーの開発を促す、強力な原動力が必要とされている。多くの専門家は、「アメリカ以外の地域ではすでにクリーンエネルギーの大規模な導入が始まっている」と指摘し、「アメリカは、次世代を決定づける中国や他の新興国家とのクリーンエネルギー競争に敗北しつつある」と警告している。たしかに、「アメリカがクリーンエネルギーのイノベーション(技術革新)を無視しているのは危険だ」とする彼らの警告は正しい。だが、クリーンエネルギー開発競争に後れをとり、敗北するという恐怖にかられてエネルギー・アジェンダを設定するようでは、良い結果は得られない。
テクノロジーとは、研究者、企業、政府がそれぞれの成功事例を追い風にして相互に利用できる環境でもっとも早く進化していく。しかし、クリーンエネルギーへの投資が、国の競争力を高めることを主要目的とするゼロサム・ゲームと認識されている限り、各国は障壁をめぐらそうとするだろう。この場合、国境を越えた協力を促進するアプローチではなく、諸外国は自国のクリーンエネルギー部門への参入を阻むような(保護主義的)貿易・産業政策を志向するようになる。これでは、政府が国内で推進しようとしているイノベーションの活力を奪い、同時に外国におけるイノベーションも阻害することになる。
もちろんクリーンエネルギーのイノベーションだけで、世界が必要としているエネルギー資源の変革を実現できるわけではない。イノベーションはクリーンエネルギーの使用コストを低下させ、環境負荷となる化石燃料系エネルギーとの価格差を小さくするかもしれないが、短期的にはクリーンエネルギーが化石燃料よりも安価になることはあり得ない。政府は、化石燃料に代わるエネルギーの導入を支援する規制とインセンティブを巧みに利用して、状況を変えていく必要がある。
<絶対的な投資不足>
クリーンエネルギーはほぼいかなるケースにおいても化石燃料エネルギーよりもコストが高く、極端に価格差が大きくなることもある。国際エネルギー機関(IEA)による最近の研究によれば、アメリカの場合、新設の原子力発電所と石炭火力発電による生産・供給コストを比べると、原子力の方が石炭によるコストよりも15〜30%高くなる。海上風力発電は石炭の2倍、太陽光発電は5倍ものコストがかかる。中国ではさらにはっきりとした傾向が現れており、原子力発電は石炭よりも15〜70%も高く、陸上風力発電は石炭の2〜4倍、太陽光発電は5倍以上のコストがかかる。
運輸・交通部門で利用されるクリーンエネルギー・コストも同じような状況にある。ほとんどの国では、エタノールやバイオディーゼルは従来型の化石燃料と比べてかなりコスト高になる。電力を利用して走行する自動車も、燃料コストは抑えられるが、燃料電池コストが非常に高いという問題を抱えている。さらに厄介なのは、クリーンエネルギーのコストが実際にはよくわからないことだ。例えば、(相対的に安価な)原子力発電のコストも、適切な条件で(巨額の)原子力施設の建設コストを調達できるかどうかに左右される。
技術的な進展が待望されているのは、コストを引き下げるためだけではない。例えば、原子力発電には、核拡散のリスクと核廃棄物処理の問題がつきまとう。太陽光と風力エネルギーは電力を断続的に生産できるが、現在の電池やグリッド(送電)技術では断続的な発電に伴う送電ギャップにうまく対処できない。排出される温室効果ガス(二酸化炭素)を回収・貯蔵する商業ベースの石炭発電所を建設しようという企業もまだ現れていない。
クリーンエネルギー・イノベーションへの投資は世界中で不足している。IEAは最近、「21世紀半ばまでに世界の石油消費の4分の1が削減され、温室効果ガス排出量が半分になる」というシナリオを示した。IEAの推定によれば、このシナリオを実現するには、クリーンエネルギー技術の研究・開発、実証実験に毎年平均して500~1000億ドルを投資しなければならない。しかし、その多くがエネルギー関連投資に充てられている現在の景気刺激策が先細りとなるなか、クリーンエネルギー技術への投資は今後ほぼ確実に減少していく。計測しにくいとはいえ、クリーンエネルギーに対する民間投資はおそらく年間100億ドル強程度でしかないだろう。決定的に投資が不足している。
<中国、インド、ブラジルの取り組み>
中国、ブラジル、インド等の主要新興諸国が、クリーンエネルギー技術に積極的に投資していることに希望を託す専門家もいる。これらの国々でのイノベーションが重要なのは間違いないが、これまでのところ、それほど成果が上がっているわけではない。
中国は様々なクリーンエネルギー技術に投資している。再生可能エネルギーにかつてない規模の投資を行い、2009年には世界の風力発電への技術投資をリードした。電気自動車開発に巨額の資金を投入した中国企業もある。中国で建設中の3つの新型火力発電所は、二酸化炭素の回収・貯蔵を商業ベースに乗せることを視野に入れているし、欧米諸国と比べてはるかに低いコストで、生産効率の高い通常タイプの石炭火力発電所を建設する技術も持っている。
しかし、クリーンエネルギー分野における中国のイノベーションも、中国経済の他の分野のイノベーションと同じ問題を抱えている。自国で抜本的な改善を生み出すのではなく、多くの場合、外国で開発された製造プロセスを部分的に変化させて、応用しているに過ぎない。実際、(太陽光を直接電力に変換する)太陽電池パネルのモジュールとパネルの生産コストの引き下げには成功したが、例えばシリコン・ウェハー製造のような先端技術分野での大きな進展を実現したわけではない。このような最終段階での生産コストの引き下げは、技術の普及スピードを高めることはできても、技術革新を先に進めることにはならない。中国の研究開発投資の価値は、研究室のアイディアを市場化するという面で問題を抱えるこの国の経済システムによって枠にはめられている。
ブラジルはクリーンエネルギーとしてバイオ燃料のイノベーションに集中的に取り組んでいる。商業ベースのイノベーション投資は主に、この国ですでに利用されている自動車用の第1世代サトウキビ・エタノールの改善を対象にしている。しかし、ブラジルではあまり注目されていないが、バイオ燃料として国際的にもっとも注目されているのは、食料として利用できない植物廃棄物や穀物から作られる、第2世代のセルロースエタノールだ。
もっとも、ブラジルも路線を見直しつつある。様々な国のサトウキビ生産企業が参加する組織でブラジルに本部があるサトウキビ技術センターは、セルロースエタノールに関する小さなパイロット施設を立ち上げ、農業研究を支援する政府組織・エンブラパも、同じような研究センターを2010年に設立した。新設されたブラジルバイオ燃料・科学技術研究所も3番目となる研究センターを2011年に立ち上げる予定だ。
だが、アメリカには、すでに30以上のセルロースエタノールの商業用生産施設、パイロット施設が存在する。この現実からみると、ブラジルが後れをとっていることは歴然としている。ブラジルは原子力技術の開発にも資金を投入しているが、いまのところ、国際的な競争力を持つにいたっていない。だが、少なくとも、政府はこの産業が遅れていることを問題として認識しつつある。
インドはさらに後れを取っている。現在のところインドは、クリーンエネルギー・イノベーションに対して積極的な投資を行っていない。科学技術全般に対する投資も低調なままだ。しかしニューデリーはその姿勢を変えようとしている。2009年に発表された国家ソーラーミッションによれば、2022年までに20ギガワットの太陽光発電を導入することを目指して、政府は基礎的なイノベーションから大規模な設備導入までのあらゆる支援を試みる予定だ。2010年初めにインド政府は、石炭を用いた電力供給への課税策を発表し、その資金をクリーンエネルギーの研究開発へと投入する予定だ。短期的にはインドが大きなブレイクスルーを実現することはないだろうが、長期的には途上世界でコスト効率の高いエネルギー供給を実現するためのビジネスモデルを形作っていくことになるだろう。
<市場と技術開発を結びつける政府の役割>
科学領域の技術革新は今後も主に先進諸国が主導していく可能性が高く、クリーンエネルギー技術を商業化させるために必要なハードルの克服と、課題の解決に必要な資本調達も先進諸国が担うことになるだろう。チャタムハウス(英王立国際問題研究所)が最近発表した、クリーンエネルギーの主要6分野に関する特許データの分析報告をみると、いずれの分野でもトップ20に新興諸国の企業名は見当たらない。対照的に米企業は多くのクリーンエネルギー領域での特許を保有しており、アメリカは日本やヨーロッパと肩を並べ3大特許保有国の一つとなっている。
しかしアメリカはこれまでの成功の上にあぐらをかいているわけにはいかない。気候変動と石油需要の増大という問題に建設的に対処していくには、現在のアメリカにおけるクリーンエネルギーの技術革新の規模もペースも十分ではない。
米エネルギー技術革新評議会(AEIC)によれば、アメリカのエネルギー企業と政府による研究開発投資は、エネルギー産業の売上の0・3%でしかない。この低調なR&D投資の比率は、製薬産業の18・7%、航空宇宙防衛産業の11・5%と比べて著しいコントラストをなしている。
エネルギー部門の研究開発投資が低調な理由の一つは、数年間で新技術が製品化され市場に出回るようになるハイテク部門とは違って、クリーンエネルギー製品が市場に出回るようになるには何十年もの時間がかかるからだ。また、クリーンエネルギー技術の導入が遅々として進まないのは、一つにはこのように研究開発投資が低調なためで、そこには悪循環が存在する。
この状況は政府が介入しなければ変わらない。考えるべきは、どのような介入がもっとも効果を発揮するかだ。理論的には、キャップ・アンド・トレード(排出権取引)システムの導入、あるいは、直接的にクリーンエネルギーの導入を促す再生可能エネルギー利用の義務化などを政策的に実施すれば、クリーンエネルギーのイノベーションを促すことができる。こうして技術が導入されていけば、企業は経験から学び、イノベーションを段階的に洗練していく。さらに、企業とイノベーターが将来的な規制とインセンティブの強化を前提に研究に取り組むようになれば、長期的な展望から、いまよりも野心的に次世代技術の開発を試みるようになる。
しかし、このようなメカニズムが作用するのを阻む障害がある。それは、投資から十分な利益を引き出せるとは限らないために、企業が技術開発投資を小出しにしがちになることだ。例えば、従来よりもはるかに効率の高い電池に利用できる新しい技術基盤を発見しても、他の企業が、何の見返りも提供せずに、そのアイディアの一部を模倣するかもしれない。
また、特定の企業が太陽光発電パネルの改良に資金を投入して試行錯誤して、ようやくうまくいくやり方を発見しても、他の企業がそのスキームをコピーし、ライバルとして台頭してくるのを阻止するのは難しい。たとえ長期的な市場インセンティブがそこに存在しても、このようなビジネス環境では、企業は、価値と必要性を備えた革新的な経済活動の多くに取り組もうとするインセンティブをなくしてしまう。
政治もそうしたインセンティブの形成を抑え込むことがある。例えば、2030年までに劇的に改善された自動車が利用できるようになると人々が確信するようにならない限り、政治指導者たちはこの時期までに石油消費の大幅な削減を義務化する措置を導入しようとはしないだろう。さらに、今世紀半ばまでに発電所からの温室効果ガス排出をなくせると政治家が確信しない限り、その実現に必要な温室効果ガス削減のためのキャップ・アンド・トレードシステムを認めることもないだろう。
こうして、悪循環が生まれる。企業とイノベーターが、長期的な見通しと強力な政策的支援もなしに、革新的な技術の開発に十分な資金を投入することはあり得ない。政治家が野心的な長期目的の達成を疑問視するような態度をとれば、それが現実になる。
この悪循環を打ち破るには二つの原則に即した戦略をとるべきだ。一つは、アメリカ政府が効率的なエネルギー技術と化石燃料に代わる代替燃料を広く普及させるためのインセンティブを市場に植え付けることだ。
例えば、(ガソリン税やキャップ・アンド・トレード方式のような)価格調整、(電気自動車減税や風力発電開発補助金のような)資金上のインセンティブ、(自動車の燃費や発電所の廃棄物に対する基準などの)直接規制などのやり方が考えられる。
このような政策をとれば、クリーンエネルギー技術の導入が進むだけではなく、イノベーションの進化を促せる。「開発した技術を吸収する巨大市場が誕生する」とイノベーターが具体的に思い描けるようになるからだ。多くの場合、このような政策は国内生産も刺激する。その理由は、(先端の風力発電タービンなど)クリーンエネルギー製品の場合、製造する場所が市場(設置場所)の近くにあった方が商業的に大きな優位となるからだ。
アメリカ政府は、市場インセンティブを生み出すだけでなく、クリーンエネルギーの研究、開発、実証実験を直接的に支援してイノベーションの進化を促すべきだ。発明と商業的な成功の間に横たわる「死の谷」で苦しんでいる企業への投資奨励策もとるべきだ。
例えばアメリカ政府は、アメリカの政府系研究所と民間企業における研究開発を支援し、最先端のバイオ燃料とクリーン・コール発電所に資金を与え、初期におけるクリーンエネルギーの商業化に向けた投資リスクを減少させる措置をとることもできる。ワシントンは、他国にも同様の路線をとるように働きかけるべきだろう。
<技術革新、知的所有権、グリーン保護主義>
非常に野心的なプログラムを持っていても、世界が必要とするクリーンエネルギーのイノベーションを特定国が主導することは、おそらくないだろう。各国の試行錯誤を緊密に連携させ、他国の成果の上に研究を積み重ねられるようにすべきだ。
例えば、アメリカの電力供給企業が中国で開発されたクリーン・コールの成果を利用し、一方で、インドの太陽電池メーカーが、政府目標を達成するためにアメリカの基礎研究の成果を利用する。また、ブラジルのバイオ燃料技術者が、オランダ企業が発見した酵素を改良して、エタノール生産のために現地のサトウキビに応用することも考えられる。
一部では、このような国際的連携はすでに現実になっている。例えば、カリフォルニアのコーダオートモーティブ社は、中国電池メーカーの力神電池と提携することで、電気自動車の生産計画の早期実現に成功している。この提携は、米中両国で新規雇用を生み出すだけでなく、電気自動車の低価格化への見込みを高めている。同じくカリフォルニアにあるアミリス社は、アメリカでさらに困難な課題に取り組む前に、まず(エタノール先進国の)ブラジルで技術開発を試みようと、ブラジルのサトウキビ生産者と協力して現地で合成バイオ燃料の開発を手がけている。こうした国境を越えた提携開発を早期に実現し、その規模を拡大していくべきだ。
しかし各国政府は、むしろ反対の方向を志向しがちだ。特に、クリーンエネルギー開発をめぐる国際競争のさなかにある、と現状を認識している政府は、この傾向を強く持っている。
政府の積極的なイノベーション支援は、「国内の労働者と企業のためだ」と政治的に喧伝されがちで、この政治路線が「グリーン保護主義」を呼び込み、国内市場を保護し、外国企業を差別することを求める政治圧力をさらに高めてしまう。また政府は自国の技術標準を普及させることで、国内企業が世界市場の優位を確立し、ロイヤルティを得られるように支援しようとする。こうして、クリーンエネルギー市場の「バルカン化」が進めば、技術移転の自由な流れは必然的によどむ。
クリーンテクノロジーの国境を越えた移転に関する議論の中枢に位置づけられているのが知的所有権だ。
新興諸国の政治家の多くが、知的所有権という言葉から想起するのは、抗HIV薬のケースだ。エイズが問題となり始めた頃、もっとも効果のある薬の知的所有権のライセンス使用料が高くて(国内生産ができずに)、アフリカなどの途上国のHIV感染者は薬をなかなか入手できなかった。政治圧力にさらされた欧米の製薬企業が知的所有権をめぐって大幅な譲歩をみせ、やっと、多くのHIV感染者が薬を利用できるようになった。
新興諸国の政治家は、このケースを念頭に、グローバルな気候変動に関する交渉でも先進諸国に対してクリーンテクノロジーの特許ルールを緩和するように求めている。一方、先進諸国は「知的所有権がうまく保護されていないことが、クリーンテクノロジーがなかなか普及しない大きな原因となっている」と反論している。
先進諸国からみた抗HIV薬問題の教訓とは、知的所有権に関する小さな譲歩が、途上国側のさらに大きな要求につながっていくということにほかならなかった。当然、先進国は知的所有権保護を強化するように求めている。だが、実際には、先進国も新興国も大げさな主張をしている。
抗HIV薬のケースとは違って、クリーンテクノロジーの場合、知的所有権を保護する特許使用料は総コストのごく一部にすぎない。多くの場合、特許ルールを緩和してもコストはほとんど変化しない。少数ながらも、潜在的ライバル企業の市場参入を阻止しようと、技術を保有する企業が戦略的にライセンシングをしないケースもあるが、この場合でも特許を放棄させたところで技術の普及が速くなるわけではない。先端クリーンエネルギーの特許のほとんどは、専門の使用ノウハウ、専門知識がなければ使い道がない。
つまり、先端技術を利用するには、特許所有者と特許を利用したい企業間の踏み込んだ協調が必要になる。政府が企業に特許を放棄させても、このような協調関係は生まれてくるはずはない。
同様に、途上国の知的所有権保護制度の欠陥を修正しても、クリーンエネルギー企業が抱える問題のすべては解決しない。
一般的に企業は最先端技術を国内にとどめておくものだが、先進国の企業は、ブラジル、中国、インドの知的所有権保護制度に問題があるにもかかわらず、これら3カ国のクリーンテクノロジー分野で積極的に活動している。もちろん、知的所有権保護制度を改善すれば技術普及が加速し、拡大するのだから、制度の改善は進めていくべきだ。しかし、技術移転を進める上で知的所有権の保護が他の要因よりも重要だと考える理由もない。
むしろ、知的所有権の保護を改善していくには、開放的な投資・貿易政策が重要になる。開放的な投資政策がいかに重要であるかは、ブラジルやインドのケースからも明らかだろう。ブラジルがバイオ燃料に対する外国投資の制限を撤廃すると、ブラジルのエタノール生産企業最大手のコザンはシェルと提携し、120億ドル規模の合弁会社を設立した。この取引によって、シェルは新たにブラジル市場に参入し、一方のコザンは第2世代エタノールを開発しているアメリカとカナダの最先端バイオテクノロジー企業2社と接触できるようになった。インドは再生可能エネルギープロジェクトへの外国からの投資を自由化し、外国資本は合弁企業の株式の74%までを特別な手続きなしで保有できる開放的な政策をとっている。
ブラジルとインドは貿易にも比較的開放的なアプローチをとっている。風力発電部門はその好例だ。インドの関税構造と品質管理制度は、風力発電タービンの国内での組み立てを促すように設計されているが、部品については外国から調達することを認めている。
一方、伝統的に関税を高く設定してきたブラジルは、経済全体が輸入に頼らないようにするために非関税障壁を張り巡らし、風力発電についてもこのアプローチをとってきた。だが、うまくいっていない。ブラジル政府は2009年に政策を一部で見直し、小型風力発電タービンに関する輸入禁止措置は維持しつつも、新型の大型風力発電タービンの輸入についてはすべての規制を撤廃し、一方で、タービンと部品の国内生産の奨励策を導入した。
<中国の重商主義路線>
対照的に中国は、もっと攻撃的な貿易政策をとっている。過去20年間にわたって、中国は、外国企業に対して市場参入の条件として重要な知的所有権の使用を認めるように求めてきた。また、ごく最近まで中国で生産される風力発電タービンについては、少なくも70%の部品を国産で調達することを義務づけ、風力発電契約においても国内企業を優遇してきた。
さらに2006年以降、北京は「国産イノベーション」という大号令のもと、政府契約や技術標準設定において国内企業が所有する知的所有権を優先するなど、中国企業の技術能力強化を目的とする政策を次々と実施している。北京は国内企業に低利の融資を続けており、これも、中国企業に、アメリカその他の外国企業に対する競争上の優位を与えている。加えて、その通貨政策は、中国製品の輸出競争力を底上げし、中国企業に国際市場における競争上の優位を与えている。
だが、このような強制的な技術移転策に、中国で事業展開している外国企業は強く反発した。中国にとってのリスクは、このような貿易政策が逆効果となりかねないことだ。
外国企業が中国における投資やビジネスをためらうようになれば、クリーンエネルギー技術の移転も進展せず、化石燃料からクリーンエネルギーへの大規模な転換を進める中国の試みを阻む障害を作り出す。こうした敵対的な環境は、クリーンエネルギー技術の中国での普及を積極的に推進する路線を、ワシントンが支持していく上での政治的障害になる。
アメリカは中国の保護主義を強く牽制しつつ、ブラジルとインドにはさらなる市場開放を働きかけていくべきだろう。中国が新たな保護主義路線を発表した場合には、直ちに強く抗議しなければならない。中国の場合、政策が公表されてから具体的に履行されるまでの間にかなりの時間差がある。この間に、ワシントンは中国の路線撤回を働きかけていくことができる。さらに、中国の保護主義が米企業だけでなく、日本やヨーロッパのクリーンテクノロジー企業にも影響を与える以上、ワシントンは、中国の保護主義を警戒する日欧とも緊密に連携し、中国に対して政策の変更や緩和を求めて多国間で圧力をかけていくべきだろう。
しかしアメリカは、市場開放を求めるあまり、相手国のクリーンエネルギー促進策を潰さないように配慮しなければならない。例えば、国産部品の利用を義務づける新興国の規制は、クリーンエネルギー・プロジェクトを新興国で立ちあげるための必要コストとして割り切るべきかもしれない。アメリカが規制の撤廃をめぐって新興国を説得できたとしても、その結果、クリーンエネルギー・プログラムへの途上国側の政治的熱意が消失するリスクもある。この場合、規制撤廃をめぐって仮に途上国を説得できても、それは、環境的にも技術的にも経済的にも、意味のない勝利となる。
アメリカは自国市場で他国がモデルとできるような先例を示すべきだろう。上院の一部は、景気対策の一環として資金が投入されているクリーンエネルギー・プロジェクトが、輸入品を利用し、外国資本を受け入れるのを規制することを求め、その根拠として、「アメリカの企業と労働者の利益を最大化する必要がある」と主張している。しかし、そのような規制を実施すれば、アメリカが外国のイノベーションをうまく利用するのが難しくなるだけでなく、外国企業が、米企業が開発した技術にアクセスするのも難しくなる。さらに、外国で開発された安価なクリーンエネルギー技術へ米企業がアクセスできなくなる恐れもある。
保護主義的な路線は、アメリカのエネルギー価格を上昇させ、アメリカ経済の全般的競争力と雇用創出力を低下させるだけだ。
<クリーンエネルギー開発の多国間協調を>
クリーンエネルギー技術の開発と普及のスピードを上げるには、開放的なイノベーション環境が不可欠だが、そのような環境が存在しても、エネルギー技術の普及はゆっくりとしか進まない傾向がある。当然、環境を整備するだけでは不十分だ。また、米企業は知的所有権を強化し、貿易と投資を拡大しようとする試みを歓迎するだろうが、一方で途上国の多くは、「そうした試みはクリーンエネルギー競争において自国に不利に作用する」と警戒し、これに反対するだろう。
むしろ、ワシントンは途上国に手を差し伸べ、長年にわたって途上国が求めてきた先端エネルギー技術の移転・拡散を積極的に認めるべきだろう。
エネルギー技術の拡散を阻む障害は、研究開発に始まり、実証・商業化プロジェクト、洗練された技術の市場での普及までの、あらゆるレベルに存在する。例えば、急成長を遂げている途上国でさえも、アメリカと比べると、科学者が利用できるリソースが不足していることが多い。バイオテクノロジーでサトウキビの研究開発に取り組んでいるブラジルの研究者たちは、アメリカの施設と研究者に少しでもアクセスできれば大きな進展を得られるが、それが実現しないとこぼしている。
また、研究開発の初期段階については、政府が主導するか、政府契約に基づいて実施されることが多いために、貿易と投資という市場メカニズムを前提とする国際的な合同R&Dプロジェクトを立ち上げるのは非常に難しい。実際、政府は対象を絞って資金を企業に提供し、政府系研究機関と連携させることで、国内での協力プロジェクトを組織する。
だが、すでにアメリカ政府は、ブラジル、中国、インドとの共同研究開発プログラムを強化する動きをみせ、2009年後半には米中クリーンエネルギー研究センターを立ち上げている。政府がさらに資金を拠出すれば、これら3カ国においてより多くの共同研究開発プロジェクトを立ち上げることができるだろう。
途上国の中小規模の技術系企業に注目する必要もある。新技術を実験し、技術を商業化する上で、これらの中小規模の企業は重要な役割を担っている。しかし、途上国の多くでは、これらの企業は大きな制約に直面している。インドでは垂直統合された巨大コングロマリットがクリーンエネルギー産業を支配し、中国でも巨大な国有企業がこの分野の主要プレイヤーとして君臨しているからだ。ブラジル、インド、中国では、中小企業の革新的なビジネス活動を支えるベンチャー・キャピタルやプライベート・エクイティもまだ根付いていない。アメリカの政策でこれらの問題を解決できるわけではないが、少なくとも、状況を先に進めるために側面から支援すべきだろう。
第1に、ワシントンは、ブラジル、中国、インドと協力して、現地のクリーンテクノロジー系の中小企業が関与するプロジェクトが先端技術を利用できるようにし、一方で「知的所有権保険」で技術を保有する企業を保護する枠組みを提供すべきだろう。知的所有権の保護はアメリカのクリーンテクノロジー系中小企業が生き残る上で非常に重要であり、知的所有権保護が懸念される状況では、企業は外国企業とパートナーシップを敬遠してしまう。
新興市場国の中小企業は、現地の大企業と比べて、米企業との信頼関係を築くのは難しい。だが、「知的所有権保険」を提供すれば、この障害を取り除く助けになる。もちろん、近年の中国のように知的所有権を無視するような路線をとらないことを条件に、こうしたプログラムを推進していくべきだ。
第2に、政府はアメリカの企業と研究者が、主要新興諸国の潜在的パートナーたちと信頼関係を育んでいくための環境整備を手伝うことができる。米商務省はすでにこの路線で動き出しており、中国とインドでクリーンエネルギー・ビジネスを行うためのガイドブックを発行し、アジアへのセールスミッションも何度か主催している。その実施頻度や対象地域を拡大し、設立後間もない企業の参加を募るなどして、これらのプログラムを拡充させていけば、米企業と途上国企業との互恵関係を深めることができる。
第3に、アメリカの企業と途上国の研究者がアイディアを交換し、協力する機会を提供する枠組みの導入を支援すべきだ。すでにインドがこれと同じアイディアを、2009年12月のコペンハーゲン会議前に提唱し、交渉の場で広く支持されたという経緯もある。
第4に、国際的な実証プロジェクトを実施し、商業化を推進しなければならない。例えば、アメリカの二酸化炭素回収・貯蔵技術の有効性をインドで実験したり、アメリカで開発されたバイオ燃料用酵素を、ブラジルの試験場でサトウキビに適用して商業化したりすることなどが考えられる。
資金を調達できないというだけの理由で、素晴らしいアイディアが、商業化につながらないことはよくあるが、外国での実証プロジェクトと商業化の試みにアメリカが資金を提供すれば、新しいクリーンエネルギー技術の商業化を後押しできる。
国際的商業化路線は、アメリカ企業を犠牲にして、現地のメーカーを利する可能性もあるが、成長が見込めるクリーンエネルギー市場へのアクセスが増えることになれば、米企業の最終的な利益は一時的な損失を補って余りあるものとなる。
国内市場で失敗するかもしれない技術、あるいは、数回の商品サイクルを経てからしか国際的に普及しない技術も、消費者のニーズや嗜好が異なる外国市場であれば、当初から、力強い需要を作り出せる可能性もある。さらに、国際実証プロジェクトに参加した米企業は外国市場について深く学ぶことができる。そうしない限り、世界のクリーンエネルギー市場で米企業が優位を確立することはできず、日本のような柔軟な先進国企業がクリーンエネルギー市場で力強い役割を果たすことになるだろう。
とはいえ、国際的実証・商業化プロジェクトを無条件で支援すべきでもない。アメリカは、コストのかさむ大規模な国際的実証プロジェクトを支援する前に、現地国が、プロジェクトで試される技術の普及に必要な政策インフラを整備していることを確認する必要がある。また、実証・商業化プロジェクト支援の見返りとして、米企業が相手国のクリーンエネルギー市場へアクセスできるという保証も取り付けておくべきだ。また、相手国政府もプロジェクトに資金を提供するように要請すべきだろう。プロジェクトからその国の企業と経済も結果的に利益を得ることになるからだ(もっとも、資金負担の共有については、アメリカは柔軟であるべきで、例えば、インド政府の場合、予算不足に苦しんでいる)。
ワシントンは、米企業のクリーンエネルギー輸出と外国投資を直接的に奨励する必要もある。すでにアメリカ輸出入銀行と外国民間投資会社(OPIC)の両機関がこの領域での支援を提供している。だが、資金提供の規模と内容を拡大するとともに、両機関は政策立案でもより大きな役割を果たすべきだろう。
輸出入銀行は、貿易相手国が課す貿易障壁に関係なく、アメリカからの輸出に資金を提供しているが、新たな戦略のもとでは貿易障壁の緩和と資金提供を関連づけるべきだろう。同様にOPICも、クリーンエネルギー投資への支援と、相手国のより自由な投資環境を関連づけるべきだ。さらに、両機関は、相手国にもクリーンエネルギー支援を強化するよう働きかける必要がある。
これらの構想の多く、特に、イノベーションの商業化段階にあるプロジェクトについては大きな資金が必要になる。しかし、商業化プロジェクト支援は、グローバルな石油消費と温室効果ガス排出量の削減につながる可能性を秘めているだけでなく、アメリカのクリーンエネルギー企業とイノベーターを刺激することにもなる。なんの条件も付けずにクリーンエネルギーの導入に資金を提供している現状からみれば、これは、気候変動対策としては非常に魅力的な選択肢になる。
アメリカのクリーンエネルギー企業を強化する一方で、主要新興諸国が先端技術を導入することを支援するための資金拠出なら、アメリカの経済的利益と必ずしも明確に結びついていない資金拠出と比べて、政治的にもはるかに売り込みやすいはずだ。
<ともに勝者になるには>
こうした政策構想がブラジル、中国、インドを中心とする世界各国におけるクリーンエネルギーの需要を拡大させないとすれば、石油消費と温室効果ガスの排出量削減にはつながらないし、クリーンエネルギーの巨大市場を生み出すことにもならない。
だが、クリーンエネルギーの利用コストを低下させるには、どうしても大きな市場を誕生させる必要がある。クリーンエネルギーの利用コストが低下すればするほど、クリーンエネルギーの促進策を実施する国は増えていく。さらに、主要新興諸国が、先端技術のたんなる消費者にとどまるのではなく、クリーンテクノロジー製品のサプライヤーとなることを促すこのアプローチなら、さらにコストを押し下げることも期待できる(国内向けに生産する場合には、現地の安価な労働コストと規模の経済を利用することができる)。
ブラジル、中国、インドにおけるクリーンエネルギー企業が力をつけてくれば、アメリカの場合と同様に、こうした企業が、より厳格なクリーンエネルギー規制とインセンティブの強化を政府に求めるようになるだろう。すでに中国のソーラー設備メーカーは、在庫を市場に吸収させるために、国内におけるソーラーエネルギー使用比率の引き上げを政府に求めている。
もちろん、よりスムーズに機能するクリーンエネルギー市場を整備しようと、アメリカ政府が積極的に介入することにはリスクも伴う。十分な情報を持つスマートな政策立案者も判断を誤るかもしれない。支援を決定した技術が商業的に失敗することもあるだろうし、米企業とブラジル、中国、インドのパートナーの利益が対立することもあるだろう。一部の資源が無駄になるのは避けられない。だが、そうしたコストも、何も行動を起こさなかった場合のダメージに比べれば、取るに足らぬものだ。
他国がクリーンエネルギー部門で成功を収めるとしても、それが必ずしもアメリカの失敗を意味するわけではない。国内でクリーンエネルギーのイノベーションに取り組んでいく限り、アメリカは、世界中のクリーンエネルギーのイノベーションから大きな恩恵を引き出すことができるからだ。
主要経済国は、エネルギー技術のイノベーションと開発に関してそれぞれの強みを持っている。共通のエネルギー目標に向けて各国が持つ優位を織り交ぜていくグローバルなイノベーション環境の構築を目指すのが、ワシントンにとってもっとも洗練されたやり方だろう。たしかに、すべての国がこのイノベーション・パッケージのあらゆる部分を支持することはあり得ないし、ワシントンが途上国のライバル企業を支援することに反発する米企業もあるだろう。米企業に自国市場を開放することに抵抗する新興諸国も出てくるかもしれない。しかし、すべての参加国が拡大した利益基盤から恩恵を引き出せるようにするには、クリーンエネルギー市場を拡大させていくしかない。
これを実現できなければ、どのような未来が待ち受けているだろうか。それは、アメリカがクリーンエネルギー分野を支配する世界ではないし、アメリカの問題を他国が世界の利益のために解決してくれるような世界でもない。それは、クリーンエネルギーのコストが途上国でなかなか低下せず、結局は、クリーンエネルギー技術の巨大市場が実現しない世界だ。そのような世界を前にすれば、アメリカも世界もともに敗者となる。●
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