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Classic Selection 2009
21世紀を主導するのはアメリカか中国か
―― アメリカの衰退も中国の台頭も誇張されている

ジョセフ・ジョフィ 独ツァイト紙共同編集長

The Default Power

2009年10月号掲載論文

経済成長率だけでは国を判断できない。いまや次なる覇権国との呼び声の高い中国も、社会保障を強化して、経済成長よりも社会的安定を選ばざるを得ない状況に直面し、必然的に成長率は低下していく。何が国を偉大な存在にするのか。大規模な人口、経済力、軍事力だけでは十分ではない。・・・比類なき研究・開発への取り組みと高い高等教育のレベル、そして、他国の利益も高めるようなやり方で自国の利益を模索し、世界の公共財を高めて行く路線を取ることが必要だ。この路線を取ったがゆえに、20世紀には、アメリカの行動を待望する各国の期待が育まれていった。中国やロシア、あるいはヨーロッパや日本が、自国の利益を超えた領域での行動をとるだろうか。アメリカを世界の中枢を担う「規格外国家」としている最大の要因は、国益を国際的な公共財へと変化させるリベラルな思想を持っていることだ。

  • アメリカ衰退論は幻想に過ぎない(部分公開)
  • 大切な夢と悪夢
  • 軍事、経済的な事実に目を向けよ
  • 台頭する中国がアメリカに取って代わる?
  • アメリカが世界を魅了する力とは
  • 規格外国家としてのアメリカ

<アメリカ衰退論は幻想にすぎない>

アメリカ衰退論はこれまでもほぼ十年ごとに浮上してきた。1950年代末には(ソビエトによるスプートニク号の打ち上げ成功を前に、宇宙開発でソビエトに後れをとったと感じたアメリカ人は自信を喪失し)いわゆる「スプートニク・ショック」が起きた。ジョン・F・ケネディが出馬した1960年の大統領選挙でも(スプートニク・ショックに加えて、ミサイル技術でもソビエトに後れをとったとする)「ミサイル・ギャップ」が大きなテーマとして取り上げられた。

それから約10年後、リチャード・ニクソンとヘンリー・キッシンジャーは、二つの超大国による二極体制を断念し、五大国によるパワーバランスの構築を進めた。さらに1979年には、ジミー・カーターが、(アメリカの政府、価値、生活スタイルに関する信頼が危機にさらされていると訴えた)「マレイス・スピーチ」を行ったために、強い意志を支える心構えと精神が揺るがされ、アメリカ人の自信を喪失させた。

その10年後には、イェール大学の歴史家ポール・ケネディに代表されるアカデミックな研究者たちが、「外国に対する帝国的な過剰関与(=インペリアル・オーバーストレッチ)と、国内での浪費ゆえにアメリカは衰退していく」という見方を示した。1987年にケネディは、「インペリアル・オーバーストレッチ」ゆえに「アメリカが世界において利益を有するもの、守る義務を負っているとみなすものが伴う重荷は、その対処能力をはるかに超えている」と宣言した。

だが(ケネディの予測とは逆に)約3年後には、徴兵制をとることも、税金を引き上げることもなく、アメリカは第一次湾岸戦争のために60万もの兵士をイラクへと送り込んだ。結局、1991年半ばに穏やかなリセッションに陥ったことが、インペリアル・オーバーストレッチの唯一の代価だった。

1990年代には衰退論は聞かれなかった。この時期にはソビエトが崩壊しただけでなく、1980年代に世界経済のパワーハウスの役目を果たした日本も「失われた10年」として知られる停滞に苦しんでいた。ペブルビーチ・リゾートやロックフェラーセンターのような自国の資産を購入されても、もはやアメリカ人が大きな不安を感じることはなかった。

2001年の8カ月を例外とすれば、1990年代初頭から2008年まで続いた史上最長の経済拡大期をアメリカは謳歌した。1997年、あるアジアの批評家は、当時の状況を「昨今の日本は暗いが、アメリカの資本主義は再生し、自信を深め、勢いづいている」と描写した。同年、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、トーマス・フリードマンは「世界を束ねる大きな流れはグローバル化であり、そうした世界でもっともうまく(他国と)競争できるような国を設計したいのなら、そのお手本は現在のアメリカだ」と表明し、「グローバル化はアメリカのものだ」と宣言した。

当時は、「衰退論者はお決まりの警句を発しているだけだ」としか考えられていなかった。1994年にオックスフォード大学の研究員ジョン・グレイは次のように警告している。「もはやアメリカは、認識できるような形でわれわれと文化を共有していない。世界各地の制御できない文化・民族集団との戦いという泥沼に入り込み、制御不能の状態へと陥りつつある」。これではアメリカの「劇的な凋落」は避けられないとグレイは述べた。

(グレイの主張が大きな関心を集めることはなかったが)、ブッシュ政権の末期までに衰退論者は巻き返しに出た。2008年に金融危機が起きた翌年、ポール・ケネディは、彼が20年以上前に発表した『帝国の興亡』で示した議論を再び持ち出し、「いまや最大の敗者はアンクルサムだと考えられている」と表明した。1987年の著作で彼がやり玉に挙げた、慢性的な財政赤字と軍事的な過剰関与がついにアメリカにダメージを与え始め、「西洋からアジアへとパワーバランスが大きくシフトしている。こうしたグローバル秩序の構造的変化を覆すのはもはや難しい」と。

前財務副長官のロジャー・アルトマンも、金融クラッシュが「世界におけるアメリカの立場を大きく傷つけた」とフォーリン・アフェアーズ誌で指摘した(フォーリン・アフェアーズ リポート、2009年7月号)。ドイツのペール・シュタインブルック財務相も「アメリカは世界の金融超大国としての地位を失いつつあり、金融秩序はますます多極化していく」と嬉々として語っている。歴史家のニオール・ファーガソンも、「世界のパワーバランスは変化するものだが、評論家はアメリカの衰退や凋落を予言することを常に躊躇する」と指摘し、現状が大きな変化に直面していることを示唆した。

もっとも、現実には、昨今の衰退論者がアメリカの衰退を予言するのを躊躇することはない。だが、衰退論者の一部の主張を支える知識は時代と環境を無視した、古くからの思い込みの類に過ぎない。事実、昨今耳にするアメリカ衰退論は50年前のそれと非常によく似ている。例えば、2008年にニューアメリカ財団のパラグ・カンナは「世界におけるアメリカの立場は着実に低下し続けている」と述べ、1960年代の衰退論同様に、「アメリカは地政学的攻防の舞台で世界の他の超大国と競争し、敗れている」と指摘している。
しかし、他のスーパーパワー(超大国)とは誰なのか。1950年代から1970年代まではそれはソビエトだった。1980年代は日本。そして、現在における他の超大国とは「EU(欧州連合)と中国だ」とカンナは言う。ヨーロッパがこうした評価をされるのは二度目だ。旧世代の悲観論者たちも旧大陸を多極世界におけるアメリカ(新世界)のライバルと規定したことがある。

最後に外国からの米衰退論を二つ紹介しよう。一つは、シンガポールの国連大使を務めたキショール・マブバニによる衰退論。彼はコフィ・アナンの後任として国連事務総長ポストを狙ったが、アメリカによって拒絶されたという経緯を持つ人物だ。

2008年に発表した著作『新しいアジア勢力圏 グローバル・パワーの東方へのシフトは避けられない』で、マブバニはアジアの台頭とアメリカの衰退を、歴史的に順を追って描写している。彼は、上から見下すような態度とまでは言わないが、何か余裕を感じる語り口で話を進めている。

「残念なことに、欧米の思想界は依然として欧米の優位を賞賛する人々が取り仕切っている」。この文脈で彼が意図する欧米とは具体的にはアメリカのことだ。「アメリカはパワーを喪失しているだけでなく、現実を見据えられなくなり、人々は経済破綻に直面すると直ちに精神分析医のカウンセリングへと向かう」とマブバニは皮肉っている。

「世界の他の地域が台頭し、欧米のパワーの正統性が着実に損なわれているとすれば、次なる世界の中枢はどこになるのか」。この質問にマブバニは、「それは中国だ」と答え、「いずれ、中国が世界のリーダーシップをアメリカから引き継ぐことになる」と明言する。しかし、この考えは真面目な分析を装いつつも、どこか希望的観測に覆われている。

外国から表明されたアメリカ衰退論のもう一つは(ロシアの)ディミトリー・オルロフによるものだ。ロシア生まれで、ソビエト帝国の解体を目の当たりにし、アメリカへの敵愾心をもつ彼は「アメリカにも同じ運命が待ち受けている」と予言する。

2008年に出版した『崩壊を作り直す ソビエトの崩壊とアメリカ崩壊の可能性』で、「将来におけるどこかの段階でアメリカの経済システムはよろめきだし、崩壊する。・・・アメリカ経済は朝露のように消えてなくなる」と予言したオルロフは、ソビエトとアメリカの双方を「悪の帝国」と呼んでいる。

ここに米衰退論を簡単に振り返ってきたが、その流れからみても、衰退論は周期的に浮かんでは消える議論の類で、実際のトレンドを言い当ててはいない。「いまにも衰退していく」という予測が過去になされた後と同様に、現在のアメリカも経済、軍事、外交、文化と、いかなるパワーの基準でみても、世界でナンバーワンの座を維持している。二つの戦争に足を取られ、大恐慌以降、最悪の経済危機に直面しながらも、ナンバーワンの座を保っている。むしろ、考えるべきは、ここで示してきた予測、夢、幻想の類で現実を説明できるかどうかだろう。

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