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インフルエンザ・パンデミックへの備えはできているか

マイケル・T・オスタホルム/ミネソタ大学感染症研究政策センター所長

Unprepared for a Pandemic

2007年4月掲載論文

いまや、H5N1ウイルスが、遺伝子の再集合プロセスを経ずに独自に変異を繰り返すことで、人から人への感染力を持つようになる可能性も浮上してきている。いつ次なるパンデミックが起き、それがどれほど重大な事態を引き起こすかを予見するのは不可能だが、それは間違いなく起きるし、緊密な相互依存を特徴とするグローバル経済のなかでパンデミックが起きれば、相互依存関係は引き裂かれ、これまでのパンデミック以上の甚大な被害を引き起こすことになる。これまで大規模な人への感染が起きていないとしても、このままパンデミックへの備えが進まなければ、最終的に世界は最悪の事態に直面することになる。

  • パンデミックは必ず起きる
  • 感染拡大と渡り鳥
  • H5N1の致死率は低下していくのか
  • もっと危機意識を
  • 汎用型ワクチン開発は成功するか
  • パンデミックが相互依存世界を引き裂く
  • 対応策はあるのか

<パンデミックは必ず起きる>

次なるパンデミック(感染症の世界的流行)に対する備えを説き、警鐘を鳴らした三つの論文が、このフォーリン・アフェアーズ誌で掲載されてから3年半以上になる。これらの論文は、次なるパンデミックがいつ世界を席巻してもおかしくはないし、そうなれば、膨大な規模の人命が奪われ、世界経済にも大きなコストを強いることになると警鐘を鳴らした。
当時から、公衆衛生の専門家は、すでに一部で人への感染例が出ている、アジア、ヨーロッパ、アフリカにおける家禽類を中心とするH5N1鳥インフルエンザへの感染の高まりを、次なるパンデミックの予兆と考えていたし、専門家は依然として状況を、危機感をもってとらえている。
地震、ハリケーン、津波同様に、インフルエンザのパンデミックも、繰り返し起きる自然災害とみなす必要がある。野生の水鳥類にはインフルエンザウイルスが常に生息しているが、人類社会を襲うインフルエンザ・パンデミックとなるには、これまでに人に感染したことのない菌株(ストレイン)へとウイルスが変異して、人から人への強い感染力を持つように遺伝子上の変異を遂げる必要がある。
鳥インフルエンザのH5N1菌株は、現在のところ人類社会を脅かすような変異は遂げていないが、現在の菌株が遺伝子上の変異を遂げれば、人から人への感染力を持つ壊滅的なインフルエンザ・パンデミックが起きることになる。
この数十年にわたって、科学者たちは鳥インフルエンザが人から人への感染力を持つようになるには、いわゆる遺伝子の再集合が必要だと考えてきた。つまり、鳥のウイルスと人間のウイルスが豚などの動物の同じ細胞に感染するか、あるいは、ウイルスが人にとりついて遺伝子が入れ替わることで遺伝子の再集合が起き、人への感染力を持つ新しいウイルスが誕生することが必要だと考えられてきた。事実、1957年、1968年のインフルエンザの大流行は、こうしたウイルスの遺伝子再集合を経て起きている。
しかし、この2年間で、1918~19年のいわゆるスペイン風邪の犠牲者のサンプル分析が進められた結果、H5N1ウイルスが、遺伝子の再集合プロセスを経ずに独自に変異を繰り返すことで、人から人への感染力を持つようになる可能性も浮上してきている。ウイルスの遺伝物質に関する最近の研究は、1918~19年のウイルスが、適応として知られるプロセスを経て一連の変異を遂げて、人から人への感染力を持つようになった可能性を示唆している。
もちろん、H5N1が次なるパンデミックを引き起こすウイルスになると断言することはできないが、1918~19年に猛威を振るったスペイン風邪ウイルスの遺伝子の解明が進むにつれて、同様のプロセスが鳥類と人類双方に感染するH5N1の菌株でも起こりつつあることが確認されつつある。鳥類、人類へのH5N1の感染例が増えていることからみても、H5N1が次なるパンデミックとなる危険は高い。
いつ次なるパンデミックが起き、それがどれほど重大な事態を引き起こすかを予見するのは不可能だが、それは間違いなく起きる。現在のグローバル経済が高度な相互依存構造を持っているだけに、パンデミックの意味合いは、たんに人命が奪われることを超えた甚大な帰結を伴うはずだ。パンデミックがもたらすダメージをもっとも包括的に調査しているローウィー国際政策研究所の最新の分析によると、次なるパンデミックが、1968年タイプの比較的穏やかなものだとしても、140万人が犠牲になり、経済生産の低下は3300億ドル、つまり、世界の国内総生産(GDP)の0・8%規模に達する。インフルエンザが1918~19年のような猛威を振るえば、1億4220万人が犠牲になり、世界の経済生産の低下は実に4兆4千億ドル規模に達する。
しかし、世界の政府、民間はともに、H5N1がつくりだす脅威に十分な関心を寄せていない。これは、パンデミックに事前に備えるのが非常に大きな資源を要し、ウイルスがいまのところ人類社会に襲いかかってきていないことと無関係ではないだろう。しかし、これまで大規模な人への感染が起きていないとしても、このままパンデミックへの備えが進まなければ、最終的に世界は最悪の事態に直面することになる。取り組むべき優先課題がひしめき合う世界にあって、来年起こらないかもしれない事態にいま備えるのは、資金面でも時間枠でも正当化できないかもしれない。しかし、それを不作為の口実にしてはならない。

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