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テロとの戦いの本当の意味は何か

トニー・ブレア/第73代英国首相

A Battle for Global Values

2007年2月掲載論文

イスラム過激派は、イスラム国家の近代化など望んではいない。彼らは、中東地域にイスラム過激主義の弓状地域を形成し、イスラム世界の近代化を目指している穏健派による小さな流れをせき止め、イスラム世界が少数の宗教指導者が支配する、半ば封建的な世界へと回帰することを望んでいる。彼らが攻撃に用いる手段に対抗するだけではなく、こうした彼らの思想に挑まない限り、勝利は手にできない。人心を勝ち取り、人々を鼓舞し、われわれの価値が何を意味するかを示すことが戦いの本質である。力の領域においてだけでなく、価値をめぐる闘いで勝利を収めない限り、イスラム過激主義の台頭というグローバルな流れを抑え込むことはできない。

  • なぜイスラム過激派は西洋を敵視するのか
  • 戦いの本質は何か
  • イラク、アフガニスタンをめぐる論争
  • グローバルな価値観へのコミットメントを
  • 安全保障を超えて

<なぜイスラム過激派は西洋を敵視するのか>

9・11に対してわれわれがとった対応は、当時考えられていた以上の大きな流れをつくりだした。自分たちの安全を確保するだけの戦いを選択する道もあったが、われわれがそうしなかったからだ。われわれは安全だけでなく、自分たちの価値を重視した。「タリバーンのような集団やサダム・フセインのような指導者を再び台頭させてはならない」と訴えたり、指導者を捕らえて投獄したり、殺害したりするだけでは、狂信的イデオロギーは打倒できない。相手を打倒するには、彼らのイデオロギーそのものを粉砕する必要があることをわれわれは理解していた。
私は、現在われわれが置かれている状況は戦争状態にほかならないとみている。だが今回の戦いはこれまでの戦争とは全く異質であり、当然、従来とは異なる戦い方が必要になる。力の領域においてだけでなく、価値をめぐる闘いで勝利を収めない限り、イスラム過激主義の台頭というグローバルな流れを抑え込むことはできない。われわれの価値の方が相手の価値よりも力強く公正で、より優れていることを立証しなければ、勝利は手にできない。そのためにも、自分たちの価値を(政策として)適用していくうえで公平、公正を旨としていることをわれわれは世界に広く示していかなければならない。
われわれの生活様式を守るには強硬な行動をとらざるを得ない場合もある。だが、世界における貧困や環境をめぐる問題、格差や不公正という問題の是正に、われわれがテロとの戦い同様の熱意をもって取り組まない限り、そうした強硬な行動への真の理解と共鳴を得ることはできない。
現状におけるグローバルなテロリズムや過激主義の根は深く、これは、アラブ・イスラム世界の人々が長く社会的に疎外され、虐げられ、政治的抑圧下に置かれてきたことと無関係ではない。しかし、だからといってテロの台頭を不可避とみなしてはいけない。
コーランの教えのなかでもっとも素晴らしい点は、非常に進歩的であることだと私は考えている。非イスラム教徒として敬意と謙虚さをもって述べるが、コーランの教えは非常に改革的である。コーランはユダヤ教やキリスト教の原点への回帰を促しているが、これはまさしく、数世紀後に起きた宗教改革におけるプロテスタントの主張と通じるところがある。また、コーランは視野の広い包括性を示している。科学や知識を評価し、迷信を退けて現実的であろうとし、結婚や女性、統治に関する記述は、当時の基準からみれば時代を先取りしていた。
かつてのキリスト教地域を始め、非イスラム教地域でも、コーランの教えに導かれてイスラム教は急速な広がりをみせ、大きな存在感を持つようになった。数世紀にわたってイスラム帝国が君臨し、この時代に新たな知識を培い、芸術、文化の面で世界をリードしたのはイスラム文明だったし、中世初期の世界にあって、他の宗教を許容する寛容の精神を持っていたのは、キリスト教地域よりもイスラム教地域の人々だった。
しかし、20世紀初頭になると、ルネサンス、宗教改革、そして啓蒙主義を経験した西洋世界が大きな進歩を遂げるようになり、一方、アラブ・イスラム世界は将来への自信を失って不安感を抱き、後ろ向きになってしまった。トルコのように、イスラム国家のなかには世俗化を強力に推進する国も出てきたが、植民地支配、ナショナリズム、政治的抑圧、宗教の過激化に翻弄される国もあった。やがてイスラム教徒たちは「イスラム国家の凋落はイスラム教の凋落につながるのではないか」と危機感を抱くようになる。その結果、政治的過激派が宗教的保守派に、宗教的保守派が政治的過激派へと変貌し、融合していった。
当時のアラブ・イスラム世界の支配者たちは、イスラム過激派の指導者やそのイデオロギーの一部を体制内に取り込むことで、過激派を懐柔しようと試みた。だが、その試みはほとんど壊滅的な失敗に終わった。宗教的保守派は尊重されたが、政治的過激派が抑圧されたためだ。この状況を前に多くの人々は、変化が必要だと確信するようになる。こうして、イスラム世界が自信と安定を取り戻すには、宗教的過激主義とポピュリズム政治を組み合わせる必要があると考えられるようになり、「そこにおける敵は西洋、そして、西洋に協力するイスラム世界の指導者」とみなされるようになった。
このようなイスラム過激主義は、当初は宗教的なドクトリンや思想のレベルにとどまっていた。しかしほどなく、過激なワッハーブ派の支援を受けたムスリム同胞団の分派が、イスラム過激主義を中東やアジアのマドラサ(イスラム宗教学校)で子供たちに教え込んで拡散し始めた。ここに、イスラム過激派の行動を支えるイデオロギーが生まれ、世界中に広められていく。
9・11によって3千人もの民間人が殺害された。しかし、イスラム過激派のテロが2001年9月11日にニューヨークで始まったわけではない。西洋諸国の施設を標的とするテロは9・11以前から起きていたし、(イスラム過激派が関係する)政治的暴動や混乱によって、世界各地で多くの人々の命が奪われていた。インド、インドネシア、ケニア、リビア、パキスタン、ロシア、サウジアラビア、イエメンなどで多くの人々がテロの犠牲になっていた。アルジェリアでは10万人以上が殺害されていたし、チェチェンやカシミールでは、テロによる圧力のために、本来なら交渉で妥結できるはずの政治問題がいまも解決されぬままになっている。現在、過激派のイデオロギーで結ばれたイスラムのテロ集団が活動している国の数は30~40カ国に達する。指導者は少数だが、彼らは、広くアラブ・イスラム世界の人々が抱く疎外感につけ込んで、うまく影響力を行使している。
こうしたテロ行為は個別の動きではない。その背後には、アラブ・イスラム世界における大きな思想的流れがある。「欧米の文化に毒された結果、イスラム教徒はその教えを踏み外すようになり、イスラム世界は、欧米支配に手を貸した裏切り者によって支配されている」。過激派のこうした現状認識が拡散され、状況への反発としてイスラム世界で大きな流れをつくりだしている(一方、イスラム世界の穏健派は「イスラム世界が真の信仰と自信を取り戻すには、むしろ、西洋のやり方と文明の成果を取り入れるべきだ」と主張している)。
マドリード、ロンドン、パリにおけるテロとの戦いは、レバノンのヒズボラや中東世界におけるパレスチナ・イスラム聖戦、イラクの拒絶主義勢力に対する戦いと何ら違いはない。ロシアの北オセチア共和国のベスランで小学校占拠事件を引き起こし、罪のない子供たちの命を奪ったイスラム過激派のイデオロギーと、リビア、サウジアラビア、イエメンでテロを引き起こしたイデオロギーは同じである。そして、これらのテロを支援しているとすれば、イランも同じイデオロギーを掲げてテロを試みていることになる。
政治戦略は慎重な計算に基づく場合も、直感に基づく場合もあるが、イスラム過激派運動は、おそらく直感によって導かれている。イデオロギーに支えられたこの運動は特有の世界観、強い信念、狂信的思想を兼ね備えており、多くの点からみて、初期の共産主義革命運動と似ている。彼らが組織や命令系統、コミュニケーションの手段さえも必要としないのは、指導層が何を考えているかを(思想やイデオロギーを共有することで)はっきりと理解しているからだ。
イスラム過激派の戦略が明らかになったのは1990年代後半。「イスラム世界のなかで抗争を続ければ、礼節を知り、公正さを重んじる穏健派イスラム教徒は過激派の思想を拒絶する危険があるし、その場合、イスラム教をめぐるイスラム教徒間の内戦になってしまう」。こう状況を読んだイスラム過激派は、イスラムの内戦とは全く異なる対立構図をつくりだす必要性があると判断した。それが「イスラム対西洋の戦い」だった。
9・11が起きたのには、こうした背景がある。それにもかかわらず、「アメリカを中心とする西洋がアフガニスタンやイラクを侵略したことが今日のテロの原因だ」と主張する人が数多くいることに、私はいまも困惑している。9・11が起きたのは、アフガニスタンやイラク侵略よりも前だし、西洋がイスラム過激派を攻撃したのではなく、イスラム過激派が西洋を攻撃したことを忘れてはならない。

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