核拡散後の世界
After Proliferation: What to Do If More States Go Nuclear
2006年10月号掲載論文
イランが弾道ミサイルで中東全域を射程に収め、アメリカやヨーロッパに対しても(船舶その他の方法で)核攻撃を行う力を得る。サウジアラビアとトルコも、恐怖、あるいはライバル意識に突き動かされて、核武装する。アジアでも、中国、インド、北朝鮮、パキスタン、ロシアという核保有国に加えて、日本と台湾がアジアの核保有国の仲間入りをする可能性もある。仮に現実がこのように推移するとしたら、この新しい世界における戦略的な流れはどのようなものになるだろうか。核大国の一方で、数多くの核小国が共存するようになれば、冷戦期の抑止理論、軍備管理論は陳腐化する。
- 核拡散をめぐる楽観論と悲観論
- 拡散後の世界で抑止は機能するか
- 核の多極化と軍拡競争は何をもたらすか
- 核が使用されるとすれば…
- 核拡散にどう対処するか
<核拡散をめぐる楽観論と悲観論>
北朝鮮とイランが核開発計画を進めるなか、いまや、核不拡散問題が再びアメリカの国家安全保障上の最優先課題に位置づけられている。現実的に、この件に関するすべての議論は「いかにして核拡散を防ぐか」という点に向けられている。タカ派は、核開発を進める国の政権交代(体制変革)、あるいは、核施設に対する軍事攻撃を求め、一方ハト派は、相手国との交渉と軍備管理を望んでいる。残念なことに、これらの措置で問題が解決される見込みは低い。一方で、「核拡散後の世界がどのようなものになるか」を本格的に検証している専門家は少ない。
数少ない核拡散後の世界を検証した研究も、概して悲観、楽観の二つの立場に集約できる。悲観論の立場をとる研究者は、「核保有国の数が増えていくにつれて、核戦争のリスクは幾何級数的に高まり、将来において壊滅的な事態が起きるのは避けられない」と考えている。「そのような悲惨な結末を回避したり、緩和したりするためにできることはほとんどないのだから、現段階で拡散を何としても食い止めるための試みを強化するのが筋だ」と彼らは主張する。
対照的に楽観論の立場をとる研究者は、「冷戦期における米ソ対立では核兵器がむしろ秩序の安定化をもたらしたように、核拡散後の秩序も安定化へと向かう」と考えている。「核戦争という惨劇が起きるどころか、大いに気をもむ局面が増えるとしても、核拡散は古くからの戦争という問題をなくしてくれる安価で簡単な方法かもしれない」と。
しかし実際には、核拡散後の世界は、楽観、悲観論者が考える以上に複雑なものになる。多極化した核秩序においても、国際政治の駆け引きは展開されていくが、その環境は恐れと不確実性に支配され、意思の疎通がうまくいかなかった場合の問題はさらに複雑化し、まったく新たなレベルの危険を伴うことになる。そして、アメリカその他の諸国の高官たちが当然視している軍事ドクトリンは陳腐化し、大幅な見直しを余儀なくされることになるだろう。
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