核合意は核不拡散体制を脅かす
'Profound Concerns' About U.S. Nuclear Deal with India
2006年4月号掲載論文
ブッシュ政権は今回の米印核合意をつうじて、「われわれは世界を『良い国と悪い国』、あるいは『良い国、悪い国、どちらともいえないあいまいな国』に区別し、まちがいなく良い国なら、核不拡散条約(NPT)の例外措置を認める」と表明したようなものだ。クリントン政権で国務副長官を務めたストローブ・タルボットは、「今回の合意の余波によって、すでに形骸化し始めているNPTがさらに弱体化していくこと」を憂慮し、インドにNPTの例外措置を事実上認めた以上、「今後、同様の例外措置の適用を望む国が出てくると思われる」とコメントした。現在ブルッキングス研究所の会長を務める同氏は、「われわれが良い・悪い、信頼できる・信頼できないという基準で、NPTの例外措置を認めるかどうかを決めれば、NPT体制は崩壊する」と警鐘を鳴らした。聞き手はバーナード・ガーズマン(www.cfr.orgのコンサルティング・エディター)。邦訳文は英文からの抜粋・要約。
- ブッシュ政権の路線転換
- 良い国と悪い国の区別
<ブッシュ政権の路線転換>
――アメリカとインドは3月上旬にニューデリーで一連の合意を発表したが、もっとも重要なのは核エネルギーに関する合意だ。インドの軍事的核プログラムの温存を認め、一方で民生用核エネルギーを国際的査察下に置くという合意だ。この合意をどうみているか。
ストローブ・タルボット この取り決めを深く憂慮し、その余波を心配している。2005年7月にインドのマンモハン・シン首相がワシントンを訪問した際に、ブッシュ大統領と交わした合意の詳細をある程度詰めたものが今回の合意だ。私が何を心配しているかといえば、米印の意図とは関係なく、今回の合意の余波によって、すでに形骸化し始めている核不拡散条約(NPT)がさらに弱体化していくことだ。今回の合意は、インドにNPTの例外措置を事実上認めたことになり、今後、同様の例外措置の適用を望む国が出てくると思われる。
――NPTの基本概念とは何か。
NPTの基本概念は完全なものではない。しかし、それでもNPTは、条約締結時にすでに核実験を行っていたアメリカ、イギリス、ソビエト、フランス、中国という五つの核保有国と非核保有国間の有益な合意だった。そこにおける了解は次のようなものだった。「核を保有する5大国は時間をかけて保有する核を削減し、最終的には核の兵器庫をなくしていく。一方、非核保有国は(核開発をしないことを条件に)核の平和利用、つまり、民生用核エネルギーの利用について、核保有国からの支援を含む国際的支援を受ける」
しかしインドは主権を盾にNPTには加盟しない道を選び、1998年には核実験を強行し、核保有国であることを宣言した。
――アメリカはどう対応したのか。
対応をめぐってはワシントンには二つの目的があった。(インドの核保有という事態を前に)NPTをどう立て直して強化するか、そして、いかにして米印関係の基盤を強化していくかという相矛盾する目的だ。
私はこのケースに直接関与したが、クリントン政権の立場は、われわれが望ましいと考える核政策、核ドクトリンへとインドの路線を軌道修正させ、核戦争と核拡散のリスクを少しでも少なくし、合意できる部分を少しでも増やすことだった。
――そうしたクリントン政権の試みは成功したのか。
インドに路線の軌道修正をさせることには成功しなかった。だが次の点をインドにはっきりと伝えた。「NPTに参加していない以上、核開発に関する条約上の規制には縛られないが、一方で、民生用の核エネルギー利用に関する支援も得られない」と。
――2001年以降、ブッシュ政権はインドの核に対してどのような路線をとってきたのか。
ブッシュ政権も基本的にわれわれの路線を踏襲してきたが、2005年7月に大きな路線転換を図った。ワシントンは、インドとアメリカの関係を改善するほうが、NPTレジームを守るよりも重要だと判断した。その結果が、2005年7月にアメリカの大統領とインドの首相が交わした合意だ。
2006年3月の合意は、民生用核エネルギー関連の技術と燃料をインドに提供することに関して、双方が納得できるように詳細を詰めることへの了解が形成されたことを意味する。だが、今後、その詳細について、米議会及び原子力供給国グループの他のメンバーが検証することになる。いずれにしても、インドに対して例外措置を認めたことでNPTの信頼性がさらに損なわれるという認識がますます広がりをみせていくだろう。
米印核合意の余波とは何か
――なぜ、ブッシュ政権は、核不拡散よりも、インドとの関係強化を優先させたと考えるか。実際、昨年、合意が発表されたときは、誰もが驚いたものだ。
インドは自分たちが国際社会の責任あるメンバーであることを行動で立証してきた。したがって、インドを核保有国と認め、「NPT加盟国であるかのように扱うべきだ」というニューデリーの主張を受け入れるほうが、「非加盟国であることに伴う制約を受け入れるように求める」よりも得策であるとブッシュ政権は判断したのだろう。
私は、ブッシュ政権の判断を尊重はするが、同意はできない。NPTへの信頼性をさらに損なうような措置をとらなくても、インドとの関係改善はできたはずだ。例えば、核以外の領域での協調を進めることもできたはずだ。
間違いのないように言っておくが、ブッシュ政権の意図を攻撃したり、われわれのパートナーとしてのインドの資格を問題にしたりするつもりは毛頭ないし、(核技術の輸出など)インドが核保有国として無責任な態度をとってきたと言うつもりもない。むしろ問題は、今回の合意によって、予期せぬ困った事態に直面するリスクがあるということだ。
NPTは少年が土に指を押しこんで走り回っている小さな土手のようなもので、いつかは崩れさる運命にある。インドが1998年に核実験をしたことの直接的余波は、パキスタンがそれに続いて核実験を強行したことだった。だが、いまやわれわれはイランのことも心配しなければならない。
長期的には、アメリカと友好的な関係にある国を含むさまざまな国が、核開発を望むようになるかもしれない。近隣諸国のすべてが核武装化すれば、(これまで非核路線を貫いてきた国も)「われわれも選択肢を見直すべきかもしれない」と言い出すだろう。こうした国のなかには、エジプト、サウジアラビア、ウクライナ、そしておそらくはトルコも含まれることになるかもしれない。
――あなたの著作『エンゲージング・インディア』を読むと、クリントン政権内でも、核不拡散問題の専門家と南アジア専門家の間で、対インド路線をめぐってかなりの対立があったことが分かる。あなたは誰もが納得するような路線を見いだそうと努力していたようだ。
すべての人を満足させるのは不可能だし、そう試みるのは愚かなことだ。すべての人を満足させようと試みても、結局、誰も満足させられない状況に直面する。たしかに、あなたの指摘するとおり、クリントン政権内にも健全な意見の対立はあったし、現在でも、私のブルッキングス研究所の同僚や友人とも意見の集約ができていない部分がある。例えば、ブルッキングス研究所の南アジアの専門家で私の友人でもあるスティーブ・P・コーエンと、私は違う立場をとっている。
この問題に精通している議会のメンバーやスタッフたちも、立場の違いから大きな論争を展開することになるだろう。今回の米印合意に疑問を感じている人々が、ブッシュ政権に対して正確に何に合意し、その意味合いは何かについてもう一度再検証するように求めることは非常に重要だと思う。
――今回の合意によって、インドは軍事用の原子炉を独自に管理することが認められ、民生用の原子炉は国際原子力機関(IAEA)の査察に委ねるとされた。あなたがインドと交渉していた当時、こうした棲み分けが交渉で取り上げられたことはあるのか。
クリントン政権は民生用、軍事用の区別をつけなかった。そこには、それなりの理由があった。インドの核開発計画の一部を国際的査察の対象から除外することを認めるのは賢明ではないと考えていたし、それではインドの立場に譲歩することを意味した。一部の施設しか査察の対象にしないことをわれわれが受け入れれば、それは一方で、民生用核計画への支援を認めることを、事実上意味した。これでは、インドが軍事目的の核物質を国内で製造するのを助けるのと同じことだ。クリントン政権は、核分裂物質の生産を禁じる国際合意にインドが参加するように働きかけたが、これは実現しなかった。ブッシュ政権はこの問題についてもっと厳格な対応で臨むべきだと思う。
――すでに、ブッシュ政権は、核分裂物質の生産の制限をめぐって今後インドとの合意をとりまとめるために努力すると述べている。
それはよいことだ。だがそれは方向性の表明ではあっても、コミットメントではない。核保有5大国は核分裂物質の生産禁止をすでに受け入れているが、インドはそうではない。
――インド側は、今後は核実験をしないとも述べている。
だがそれは一方的な核実験の凍結宣言にすぎず、包括的核実験禁止条約(CTBT)に加盟するのとは質的に異なる。たしかに、アメリカも米上院が批准に反対したためにCTBTには参加していない。米上院が「われわれはCTBTに参加しない」という結論を出した以上、われわれは他国に対して条約への参加を強く求められる立場にはない。
だが、インドはせめてCTBTに参加してもよかったのではないか。それが永久に続くのなら、核実験の一方的凍結宣言も意味があるが、インドの指導者が、核実験の凍結をやめると言えば、それで終わりになる。
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