
現在と1930年代は似ているか
―― 反グローバル化、経済保護主義、ポピュリズム
Keeping the World at Bay: Does Globalism Subvert Democracy—or Strengthen It?
2023年7月号掲載論文
第一次世界大戦後、自由貿易と国際主義的政治が批判され、関税障壁と移民規制が強化されるなか、ヨーロッパは独裁政治へ転落していった。当時の状況と現状の間には重なり合う部分も多い。実際、ポピュリストやナショナリストのさまざまな不満を背景とするトランプの台頭は、民主主義の危機を分析するために、グローバル化に反対する人々に注意を払う必要があることを初めて明らかにした。グローバル化支持派は、自由貿易と経済の自由化が民主主義拡散の基盤を提供すると主張している。だが歴史が示す因果関係はもっと曖昧だ。戦間期の混乱から当時導き出された真の教訓は、レッセフェール型経済が命取りになりかねないこと、そして政治家が、戦略的な国家リーダーシップの必要性を理解しなければならないということだ。
- 反グローバル化と民主主義
- 現在から過去を振り返れば
- 過去の暗闇
- ナショナリズムか共産主義か
- 正しい教訓
<反グローバル化と民主主義>
「冷戦の終結は、グローバル化の始まりであり、少なくとも人々がグローバル化について語り始めたのはこの時期からだ」。1983年、エコノミストのセオドア・レビットがハーバード・ビジネス・レビュー誌で発表した論文(The Globalization of Markets)で、グローバル化という表現を使用したことで、論壇主流派の議論でもこの言葉が用いられるようになった。
レビットの論文は、製品市場が世界に広く拡大すれば「経済的孤立、ナショナリズム、超国家主義の壁」は崩れ、世界をより良い場所にするプロセスが始まると、グローバル化の流れを賞賛した。10年後には、誰もがグローバル化という言葉を使うようになっていた。資本主義が共産主義に勝利し、特に「経済・労働規制の解体、貿易障壁や為替管理の撤廃を重視する(新自由主義的な)資本主義」が、第二次世界大戦直後の、より管理された国家主導型の資本主義に取って代わるようになった。
もちろん、グローバル化は単なる用語ではない。この30年で、世界は、革命的なテクノロジー、サプライチェーン、配送システムによってつながりを深め、大きな変貌を遂げた。世界の国内総生産(GDP)合計に占める製品貿易の割合は急上昇し、国境を越えた金融の流れも急速に加速した。経済パワーの地政学的シフトによって、アフリカ、アジア、中南米などのグローバルサウスと呼ばれる地域の多くで、豊かな中産階級が台頭した。一方、(欧米の)メーカーが中国、中米、東南アジアを中心とする外国の安価な労働力を選択し(アウトソースを進めると)、先進国におけるかつての製造業の中心地では組織労働者が壊滅的状態に陥った。相互依存と高度な相互接続状況は、1990年代の南米、東欧、東アジアにおける債務危機からCOVID19パンデミックまでの問題を世界に拡散した。
長い間、このグローバルなメカニズムに関する大きな変化を、歴史的な文脈で捉える分析は存在しなかった。現在のエコノミストは、その先達たちとは違って、歴史への関心を失い、もっぱら数字に目を向けている。一方、歴史家たちは、数字に疎くなり、2007―08年のグローバル金融危機までには、マクロ経済の変化への関心をほとんど失っていた。実際、グローバル化について研究者が歴史的に考えるようになったのは、ここ10年ほどのことだ。
歴史家タラ・ザーラの新著Against the Worldは、グローバル化研究の示唆に富む貢献とみなせる(Against the World: Anti-Globalism and Mass Politics Between the World Wars, W W Norton & Co Inc、2023)。彼女は、第一次世界大戦が終わり、第二次世界大戦が始まるまでの激動の戦間期を奥深く分析し、「グローバリズムとグローバル化に対する抵抗が、当時は依然として脆弱だったヨーロッパの民主主義を弱体化させた」と指摘する。第一次世界大戦後、自由貿易と国際主義的政治が批判され、関税障壁が張り巡らされ、移民規制が強化されるなか、ヨーロッパは独裁政治へ転落していった。たしかに、当時の状況と現在の間には重なり合う部分も多い。
グローバル化への怒りが、アメリカやヨーロッパなどでの反民主的政治を台頭させるなか、彼女は、当時の権威主義の台頭と現在における復活の類似性を指摘する。
反グローバリズムの原動力となった大衆政治を重視したこの著作は、現在の歴史でもあると彼女は言う。しかし、このようなアナロジーは少し行き過ぎかもしれない。グローバル化支持派は、自由貿易と経済の自由化は民主主義拡散の基盤を提供すると主張する。だが歴史が示す因果関係はもっと曖昧であり、民主主義は、ナショナリズムとグローバルな流れの両方によって押し潰されることもある。
<現在から過去を振り返れば>
1913年のブダペストに始まり、1939年のニューヨーク万国博覧会で終わるこの著作は、ヨーロッパを中心に欧米の出来事を広く取り上げている。第一次世界大戦期のアメリカの平和主運動や中央ヨーロッパの飢饉などのさまざまなテーマを取り上げた上で、初期のファシズムや第一世界大戦後のボリシェビキの台頭、移民規制の拡大、ナチズムの台頭を検証し、読者に伝えている。
この時代を扱った従来の本とは違って、この著作は、政治家や外交官だけでなく、労働運動の活動家、農民、作家なども主人公として取り上げている。イギリスのエコノミスト、ジョン・メイナード・ケインズ、オーストリアの作家シュテファン・ツヴァイク、アメリカの実業家ヘンリー・フォード、インドの反植民地指導者マハトマ・ガンジーといった有名人から、排外主義的で人種差別的な論文を書いた反ユダヤ主義のイタリア系アメリカ人移民弁護士、ジノ・スペランサといった無名の人物までを登場させている(スペランサは、A Conflict of Divided Loyaltiesという著作を残している)。
「靴の王様」と呼ばれたチェコの企業家トーマス・バタは、新市場を求めて、自ら飛行機を操縦して中東やアジアを2万キロ以上横断した人物だ。サーラは、ハンガリーのユダヤ人活動家ロージカ・シュヴィマーを取り上げることで、世界平和会議構想、そして、中央ヨーロッパの大帝国の崩壊が、世界が一つの政府のもとに統合されるという世界連邦の夢を浮上させたことを紹介している。
彼女の文章は読みやすく、エピソード中心のアプローチをとっている部分も多い。シュヴィマーのケースのように、より大きなテーマのために個人と場所を象徴的に登場させている。このような例を示すことで、彼女はいくつかの重要な点を指摘している。
第一次世界大戦前の国境が比較的開放的だったため、国際的な政治活動や起業が促されたが、戦争による国境閉鎖は、イギリスによる対ドイツ海上封鎖とともに、栄養失調やパンデミックをヨーロッパに蔓延させた。食糧の安定供給への不安は戦後もなくならず、戦間期まで続いた。
特に、中央ヨーロッパの政治秩序の崩壊による貧困と不安定化、そして(大恐慌後の)1930年代初頭における国際経済危機による混乱が、ファシズムを台頭させる温床を作り出した。彼女が登場させる多種多様な人物たちに共通しているのは、「ある種の国際主義を掲げる人々とよりナショナリストの排外主義者との闘い」という壮大なドラマにおいて役割を果たしていることだ。
こうした歴史の多くは、すでに膨大な文献があるファシズム研究者にとっては馴染み深いものだろう。実際、20世紀ヨーロッパ史の専門的な研究は、ファシズムの起源、そして、なぜファシズムがある場所では成功し、ある場所では失敗したのかという疑問から始まったと言っても過言ではない。
一方、戦間期を振り返りつつ、現在における右派権威主義政治の復権を意識している部分に、ザーラによる分析の貢献がある。「私はこの本の執筆を2016年に始めた。・・・ドナルド・トランプが選挙で大統領に選ばれていた。・・・(ヨーロッパでは)難民危機があったし、ポピュリストの右派政党が反移民のプラットフォームを掲げて各地で選挙に勝利していた」。トランプの大統領就任によって、アメリカでは過去と現在のファシズムへの関心が高まった。ポピュリストやナショナリストのさまざまな不満を背景とするトランプの台頭は、民主主義の危機を分析するために、グローバル化に反対する人々に注意を払う必要があることを初めて明らかにした。このような現代的な視点から、彼女は戦間期の混乱に関するいくつかの古い問いに斬新な枠組みでアプローチしている。「過去は現在をよりよく理解するのに役立つはずだが、このケースについては、現在が過去の見方を変えることに驚かされた」と彼女は述べている。
だが、現在を通して過去を捉えることにはリスクがある。グローバル化が20世紀後半に考案された用語であれば、戦間期の出来事を描写する上で有意義に使えるだろうか。無論、彼女は時代錯誤となるリスクを考慮しないような歴史家ではない。事実、この問題に正面から取り組み、「グローバル化はその基本において、少なくとも19世紀まで遡ることのできる長期的なプロセスだ」と主張している。
この言葉が現在の意味で使われるようになったのは1980年代に入ってからだが、それ以前にグローバル化という現象が存在しなかったはずはない。ある側面では、明らかに存在した。例えば、貿易は19世紀のさまざまな時期に世界各地で急速に拡大している。最近の研究によれば、(対国内総生産(GDP)比輸出で計測できる)世界経済の開放度は、1830年から1870年にかけて、その後、20世紀後半までみられないようなペースで高まっている。
ニューヨークの世界的な大都市への変貌は、過去半世紀におけるメキシコシティやジャカルタの成長と同じように急ピッチだった。自由貿易や流入する移民を毛嫌いし、遠く離れた海の向こうから供給される不安定なサプライチェーンを心配し、国内労働者が外国の安い労働力に負けることに焦りを感じる当時の人々のなかに、ザーラは初期のグローバル化に反対する人たちを見出している。
イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニは「過激なナショナリストであると同時に反グローバリスト」で、中央ヨーロッパにおける反ユダヤ主義の暴力は「反グローバリズムの暴力的表現」だった。「ユダヤ人は国際金融、規制のない移民流入、コスモポリタニズム、国家への不忠の象徴として攻撃のターゲットにされた」と彼女は書いている。これらの側面でも他の側面でも、1世紀前の「反グローバリストたち」の懸念は、現在のそれとよく似ていた。
<過去の暗闇>
一方、ここ数十年のグローバル化の急激な拡大パターンは、前例がなく、過去に類例を見出せない。1980年から2008年の間に、ヨーロッパの対GDP比輸出は24・3%から41・1%に、世界では20・4%から31・0%に増加している。国境を問わぬ金融市場や金融機関そしてエリートたちが、各国の経済に大きな影響力をもつようになった。つまり、2000年前後の世界経済の開放度は、過去のいかなる時代と比べても大きかった。
1980年以降、世界経済は歴史的に前例がないほどに開放されていただけでなく、それは、より永続的なプロセスだった。戦間期のもっとも落ち込んだ時期には、世界貿易の規模は1929年のピークから3分の1へ落ち込んだ。これに比べれば、2009年(のグローバル金融危機)以降のスランプはそれほど深刻でも長期的でもなかった。つまり、彼女の著作の基盤であるヨーロッパの戦間期は、それ以降に世界が経験したことのない深刻な危機に直面していた。過去から教訓を得ようとする試みは、この厳然たる事実を考慮に入れる必要があるだろう。
ザーラが描く物語では、グローバル化という言葉は、パスポートなしで旅行できること、金本位制に基づく国際通貨制度が円滑に機能していること、世界中の平和主義者が集まる国際会議など、それぞれに異なる、さまざまなものを示す言葉として使われている。
第一次世界大戦前に存在したグローバルな秩序は、ブルジョワと貴族のエリートが運営する帝国的なものだった。ザーラは冒頭で、彼女が「グローバライザー(グローバル化推進派)」と呼ぶ人々は、白人の裕福な人々で、ケインズやツヴァイクのような人物は「帝国の歴史を背景に誕生したリベラル」で、第二次世界大戦後の脱植民地化の時代には適応するのが難しかったと認めている。
しかし、ザーラのこれまでの優れた仕事が、オーストリア=ハンガリー帝国に焦点を当てたものが多く、ハプスブルク世界の研究が彼女の知的ルーツであるためか、その価値へのある種の愛着は深いようだ。Against the Worldの読者は、この歴史家の警告の水面下に、ハプスブルク家の支配の終焉とともに失われたものへのツヴァイク的な郷愁を何度も感じるだろう。
アドリア海の港フィウメ(現在のクロアチアのリエカ)の住民は、帝国が崩壊したとき、商業的悲劇に直面し、状況はそれまでよりも悪くなったと感じた。1919年にイタリアのためにこの町を掌握したガブリエレ・ダンヌンツィオのファシストの原型をなす思想とスタイルに共感する人が多かったのは、このためかもしれない。
しかし、ザーラのように、こうした動きをグローバル化に賛成する者と反対する者の争いに分類しても、あまり意味はない。ダヌンツィオは、帝国がひしめく世界で競争するために、より大きなイタリアを望んだ。この行為は、グローバライザーだろうか、それとも、反グローバライザーだろうか。おそらく、そのどちらでもない。
1922年にファシストがイタリアを支配した後、彼らは金本位制と自由貿易にコミットしたが、その後方針を見直した。つまり、イタリアのファシズムとグローバリズムは、世界恐慌で問題になるまで、本質的に対立するものではなかった。
<ナショナリズムか共産主義か>
ザーラの本を読むと、全般的にナショナリズムが有害であること、そして、自由貿易、自由な移民の流れ、金本位制など、彼女が戦間期のグローバリズムの支柱として示した要因に背を向ければ、ファシズム政治に行き着くかもしれないと示唆していると感じるだろう。彼女は、現在のグローバル化促進派のメッセージに近いものを示している。しかし、一方で、戦間期の政治の真の課題を曖昧に描いている。
「第一次世界大戦後のナショナリズムの広がりにどう対処するか」は、1世紀前の国際アジェンダの最重要課題だった。19世紀半ばに始まった国民国家の歩みは、1919年のパリ講和会議で新たな勢いを得た。勝利した連合国によってハプスブルク帝国とオスマン帝国が解体され、東欧と中東の近代地図が新たに作られた。第二次世界大戦後には、欧州列強の帝国に残された領土の脱植民地化が進められ、このプロセスが再開された。こうして、国境の数が増え、国際的な経済の流れは障壁に遭遇するようになった。
だが、国民国家の拡散を阻む現実的な選択肢はなかった。帝国の再建は望みようもなかった。事実、ツヴァイクが抱くような「ハプスブルク帝国のコスモポリタニズムへのノスタルジア」のなかに、まともな政治を見出すことはできない。しかし、国民国家で構成される世界で繁栄を維持するのは、生活のあらゆる領域における急激な変化によってより難しくなった。一つは、世界大戦によって政治参加が高まり、統治が高齢のエリートたちの手から離れたことだ。同時に、19世紀における金本位制の崩壊によって、国際通貨制度は初めて協調的管理を必要とするようになった。1920年代にイングランド銀行、米財務省、国際連盟の金融委員会は、金本位制を復活させることを決定した。だが、それによって政治危機が作り出された。金本位制は財政規律を前提としたため、若い民主国家の政治は、耐えられないほどの圧力と緊張にさらされた。例えば、組織労働者は金本位制維持のための賃金引き下げ圧力にさらされ、これに抵抗した。原材料価格の引き下げ圧力は国際的混乱を招いた。かつてのグローバル化に戻ろうとする動きは、戦間期の大衆政治と衝突し、破滅的な結果をもたらした。
このような状況下で、グローバル化に反対することは合理的だった。1930年代初頭、多くの国の政府が金本位制から離脱し、経済的自給を目指し、輸入を代替できる国内産業を支援するか、国有化し、国内の穀物生産に補助金を出した。このような動きが一様にファシズムにつながっていったわけではなく、その帰結は、多くの国で違っていた。実際、1930年代から1960年代にかけての、途上世界における開発経済はこのモデルを踏襲していた。
帝国への回帰が戦間期のナショナリズムに代わる明確なイデオロギーになり得ないとすれば、残る選択肢はただ一つ、ボリシェビズムだった。共産主義が世界に与えた衝撃について、ザーラの本ではほとんど触れられていないのは不思議だが、これは、現代のアメリカにおける歴史研究の多くにみられる奇妙な特徴でもある。しかし、20世紀初頭の資本主義が大衆の生活水準を向上させることに失敗したことが、他のいかなる要因にも増して、世界でボリシェビズムの魅力を高めた。
1919年に中央ヨーロッパで起きた革命の可能性について言及した以外、彼女はソビエトの実験をほとんど無視している。これは、世界革命を輸出しようとしたレーニンの試みが失敗したからなのか、それとも共産主義の普遍的な野望が、本書のグローバライザーとアンチグローバライザーという二元的な枠組みをさらに複雑にするからなのか。一国で社会主義を構築することへのコミットメントで満足することはなく、世界で共産主義を勝利させるという長期的な願望を彼らが放棄することはなかった。その考えは、他とは次元の異なるグローバル政治ビジョンだった。
<正しい教訓>
この著作は、貿易とブルジョワの覇権が織りなした19世紀の帝国世界の崩壊が、大衆政治の時代にどのような余波を与えたかを思い起こさせる点で優れている。第一次世界大戦が東ヨーロッパに与えた苦悩、特にヨーロッパのユダヤ人の苦境について、説得力のある新鮮なイメージを描き出している。さらに、戦間期に大きな流れを作り出した新しい大衆動員のスタイル、政治舞台に新たに登場したアクターも描き出している。
しかし、当時と現在のグローバル化に対する不安の類似性を特定しようとする彼女の試みは、戦間期におけるヨーロッパの民主主義の崩壊と戦後における民主主義の復興から学ぶべき真の教訓を遠ざけてしまう。ナショナリズムは、1930年代の民主主義の崩壊だけでなく、1945年以降の民主主義回復の道筋を規定した。西ヨーロッパで民主主義が復活したのは、グローバル化のおかげではない。各国政府が国民経済を注意深く管理し、安定した経済成長を実現し、数十年にわたって失業率を低く抑え込むことに成功したからだ。実際、1950年以降、各国の経済はゆっくりとしか開放されず、地域統合には何十年もの歳月を要した。
戦間期の混乱から当時導き出された真の教訓は、レッセフェール型経済が命取りになりかねないこと、そして政治家が、戦略的な国家リーダーシップの必要性を理解しなければならないということだ。だが数十年にわたるグローバル化の恩恵のせいで、政治家は自らが引き受けるべき責任を放棄し、中央銀行、憲法裁判所、そして民間企業にその権力を譲ってしまった。現状で、社会がもっとも避けるべきは、今も昔も民主主義がグローバル化に依存していると考えてしまうことだろう。●
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